2013/11/23

根来寺 <国宝>

2013年11月23日に参拝しました。

今回は自分の車で、家族と紅葉狩りを兼ねて出かけました。年老いた両親が一緒だったので、余り散策できず、時間もありませんでした。ただいい天気で、この時期にしては暖かい日でした。

根来寺(ねごろじ)は新義真言宗総本山の寺院で、山号を一乗山と称し、正式には一乗山大伝法院根来寺と号します。本尊は大日如来、開山は覚鑁(興教大師)です。

境内図

境内はかなり広いですが、最初に通りがかった大門が入口だと思い、横の駐車場に車を止めたのですが、ここから境内の中心まではかなりの距離があり、一般道を歩いていく羽目になりました。

大門

江戸時代末期の嘉永3年(1850年)再建されたもので、高さ16.88メートル、幅17.63メートル、奥行6メートルの中々立派な門(三門)です。


700mほど歩いてやっと境内入り口が。


もみじ谷を歩いて駐車場を横切り、境内中心部に到着しました。参拝料は500円ですが、当日は何かの催しをしていたようで、無料で入ることができました。ラッキー!(不謹慎)
入るとまず巨大な大塔(国宝)が目に入ってきました。

大塔

文明12年(1480年)頃から建築が始まり、半世紀以上経た天文16年(1547年)頃に竣工したと考えられています。高さ40メートル、幅15メートルの日本最大の多宝塔です。初層の外見は方形ですが、内部には円形の内陣が造られており、円筒形の塔身の周囲に庇を付けた、多宝塔本来の形式をとどめています。内部には12本の柱が円形に立ち、そのなかに四天柱が立っています。基部には秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されています。

大塔の左手前には太子堂(重文)があります。大塔とともに秀吉の焼き討ちをまぬがれた建物で、寺内で最も古い建物です。本尊の造立銘から明徳2年(1391年)頃の建立と推定されています。

太子堂

大塔の右側には大伝法堂があります。江戸時代後期の文政10年(1827年)再建されたものです。

大伝法堂

 今回の参拝はここまでです。国宝の大塔はさすがに荘厳で来た価値がありました。





2013/11/13

青井阿蘇神社 <国宝>

2013年11月13日 熊本一人旅の3日目の最初に参拝しました。

天気は最高です。寒さは昨日よりはマシなようです。今日は人吉まで足を延ばして神社とお城を巡ります。
デミオ君で9:00に熊本市内を出発し、10:30に青井阿蘇神社に到着しました。
駐車場に車を止めて、正面から入ります。

一之鳥居と稧橋

人吉に相良氏が入国する約400年前、今から1200年前の大同元年(806年)に神社が創建されました。阿蘇の広大な原野を開拓し、その守り神として阿蘇山のふもとに鎮まる阿蘇神社の御祭神十二神のうち、三神の御分霊が青井阿蘇神社に祀られました。
御祭神は、初代の天皇である神武天皇の孫にあたられる健磐龍命(たけいわたつのみこと)、その妃の阿蘇津媛命(あそつひめのみこと)、お二人の子供の國造速甕玉命(くにのみやつこはやみかたまのみこと)の三柱の神々です。

境内図

二之鳥居

二つの鳥居を入ると、手水舎の先に楼門(国宝)があります。

楼門

楼門は慶長18年の創建で、禅宗様に桃山様式を取り入れた寄棟造茅葺の三間一戸八脚門で、上層四隅の隅木下に陰陽一対の鬼面を嵌め込まれており、人吉地方独自の人吉様式と呼ばれています。また、欄間には二十四孝等の彫刻が施されいて、天井には雌雄の龍が描かれています。楼門に掲げる神額は人吉藩3代藩主相良頼喬が延宝5年(1677年)に奉納したものです。



楼門を入ると、正面に拝殿(国宝)があります。

拝殿

拝殿は慶長16年の創建で、桁行7間、梁間3間、寄棟造平入茅葺。前面に1間の唐破風造銅板葺の向拝が付けられています。内部は拝殿、神楽殿、神供所(じんくしょ)の3部屋に仕切られていて、人吉地方独特の舞台装飾が施されています。


参拝を済ませ、左方から本殿に向かいます。拝殿の後ろには幣殿(国宝)があり、その後ろに本殿(国宝)があります。また本殿と幣殿の間には廊(国宝)があります。

右から本殿 廊 幣殿 拝殿

幣殿は慶長15年の創建で、梁間3間、桁行5間の寄棟造妻入茅葺で、前面は拝殿に接続しています。内部外部ともに華麗な装飾が施されています。

厚みのある茅葺

本殿は三間社流造銅板葺。側面と背面の桟を×型とする点や長押上の小壁に格狭間(ごうざま)を設ける点などに球磨地方の社寺建築の特徴が見られます。廊は本殿と幣殿を連絡する社殿で、梁間1間、桁行1間切妻造銅板葺です。左右両柱の持ち送りに龍の彫刻が施されていますが、これは南九州の近世社寺建築に影響を与えたそうです。

本殿


神主さんが太鼓をたたかれていました

こちらは神のつかいでしょうか?
境内にニワトリがたくさんいました

茅葺の神社(お寺を含めて)は初めてです。関西では余りないのではないでしょうか。
後ほど拝観した人吉城歴史館で、この辺りでは寺社が茅葺の所が多いことを知りました。あと2社ほど参拝したかったのですが、人吉城の登城後、ものすごい眠気に襲われたので、早々に熊本へ戻ることにしました。次回はいつ来れるかな?


参拝を終え、人吉城歴史館に車を止めて次は人吉城です。
(詳細はチャーリーの登城記で)


が、その前にちょうど昼時だったので、友人から聞いていた鰻屋さんへのんびり散歩で向かいました。目当ての鰻屋さんは「上村うなぎ屋」です。

メニューを見て「おっ、結構いい値段するなぁ」と思いながら、うな重(2300円)を注文しました。注文を受けてから焼き上げるということで、暫くして運ばれてきました。一口食べて
「これは凄い!今まで食べた鰻の中で最高!」
肉厚なのに柔らかく、香ばしい風味。タレが別に出てくるので、好きなだけかけられます。
「この鰻はこの辺りで獲れるんですか?」「いいえ、養殖です」。。。でも美味しかったから満足!

上村うなぎ屋のうな重





2013/11/12

阿蘇神社 <重要文化財>

2013年11月12日 本日最後の参拝地です。

雲が出てきて小雨が降りそうです。気温も下がってきました。(7℃)
昼食を済ませて阿蘇神社へ向かいます。昼食を食べた食事処の横は公園のような広場になっていて、阿蘇山系が一望でしました。

阿蘇山系(何岳かはわかりません)

阿蘇の東側から北側へ抜け、阿蘇神社に到着しました。高千穂よりは紅葉が色付いています。


駐車場から荘厳な楼門(重文)が見えます。

楼門

阿蘇神社は、式内社(名神大社)、肥後国一宮で、旧社格は官幣大社です。全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社でもあります。主祭神は健磐龍命、阿蘇都比咩命ほか十柱です。
楼門は「日本三大楼門」(他は鹿島神宮(茨城)と筥崎八幡宮(福岡))に数えられ、高さが18mあり、神社では珍しい仏閣の様式で建てられた二層楼山門式です。


全国的にもめずらしい南北へ横参道になっています。楼門の両側には御幸門(重文)と還御門(重文)が建てられています。

北側鳥居

手前から 還御門 楼門 御幸門

南側鳥居

手水舎で心身を清めて参拝します。

苔が美しい手水舎

楼門から拝殿

境内

拝殿と神殿

神殿は「一の神殿(重文)」「二の神殿(重文)」「三の神殿(重文)」と3つからなり、どれも非常に大きく立派です。阿蘇の雄大さを真似ているようです。

二の神殿

一の神殿 三の神殿 二の神殿

神殿横の見事なイチョウ

参拝を済ませ、ちょうど3時。寒さもあり、熱いコーヒーが飲みたくなったのでカフェを探しました。参道の北に感じのいいカフェ(旧緒方屋さん)を見つけて、暖まらせてもらいました。

店の前の泉
阿蘇神社周辺は湧水が豊富なようです

ホットコーヒー(クッキー付 400円)

体が温まったので、デミオ君をころがして熊本市街へ戻ります。途中少し渋滞もあり、16:30頃タイムズレンタカーに戻りました。デミオ君は一旦返して明日また借ります。


夕食は、今日もスーパーホテル内の旅彩で。今日は「肥後まんぷく御膳(1890円)」を注文し、郷土料理を堪能しました。これにもご飯、味噌汁、サラダ、漬物は食べ放題です。
どれも美味しかったですが、からしれんこんはちょっと苦手かも。。。

奥の左から横へ
馬コロッケ
豚角煮 揚げだし豆腐添え
からしれんこん
天草地魚刺身盛り
馬刺(左はタテガミ)
馬すじ煮込み
人文字ぐるぐる




高千穂神社 <重要文化財>

2013年11月12日 天岩戸神社に続いて参拝しました。

高千穂はやはり寒いです。道路の温度計は9℃でした。でも天気は快晴です。

天岩戸神社から10分ほどで高千穂神社に到着しました。天岩戸神社と違い、スーパーや民家がある「日常」の真ん中にある感じです。

立派な鳥居

手水舎で心身を清め、参拝に向かいます。

参道 本殿は階段の上

高千穂神社は、垂仁天皇時代に創建された、高千穂郷八十八社の総社です。主祭神は高千穂皇神と十社大明神で、特に農産業・厄祓・縁結びの神をして広く信仰を集めています。高千穂皇神は日向三代と配偶神の総称です。十社大明神は三毛入野命(みけぬのみこと)をはじめとする10柱を祀っています。
階段を上りきって拝殿前にきました。

拝殿

拝殿の奥にある本殿(重文)は、梁間二間の五間社流造銅板葺で、棟に千木・鰹木を置く形式です。安永7年(1778年)に延岡藩主内藤政脩を大檀那として造替された九州南部の代表的な大規模社殿だそうです。

本殿

東側の脇障子には鬼八を退治する三毛入野命の神像が彫刻されています。

三毛入野命の神像

他にも見事な彫刻が

境内は立派な杉に覆われています。

中央は夫婦杉

参拝を済ませた後、なんと高千穂峡を見に行くのを忘れて阿蘇神社に向かってしまいました。大失敗!!!帰路の時間が読めないので気持ちが焦っていたようです。

ちょうどお昼時です。郷土料理が食べられそうな店を探しながら走っていましたが全然見つからず、高千穂から阿蘇まで来てしまいました。阿蘇の高原を快適にドライブしていると、茶屋的な食事処を見つけました。ここで食べよう!

地鶏そばセット(700円?)を注文。うどんの様な太いそばで素朴な味ですが、鶏が柔らかく味が濃くてメッチャ美味い!ここまで我慢してよかった。

地鶏そばセット








天岩戸神社

2013年11月12日 熊本周辺お城と神社巡り旅、2日目です。

本日は宮崎県の高千穂と帰りに阿蘇を通って、3つの神社を巡ります。
明日と2日間の足になってくれたデミオ君です。本日の山道で燃費:18.8km/l。明日の高速で燃費:20.6km/lと頑張ってくれました。

デミオ君

8:30に熊本を出発し、10:45に天岩戸神社に到着しました。
この神社には文化財建造物はありませんが、最近 古事記 に興味があり、古事記に出てくる「天岩戸」と「天安河原」に参拝したくてやって来ました。

天岩戸神社は、古事記や日本書紀に書かれている天照大神(あまてらすおおみかみ)がお隠れになった天岩戸(あまのいわと)を奉る神社です。岩戸川を挟んで西本宮と東本宮に分かれています。

境内図

まずは西本宮に参拝しました。

西本宮 一の鳥居

西本宮は、天照大神が御隠れになられた天岩戸(洞窟)を御神体として御祀りしている神社です。

二の鳥居

紅葉はまだ色付き始め

神門

変わった形の石灯篭

参道(境内)

神門を入ると正面に社殿があります。西本宮は本殿を持たず天岩戸がご神体なので、この社殿はその拝殿にあたるのでしょうか。天岩戸は、この社殿の裏、岩戸川を挟んだ向こう岸にあります。

社殿

天岩戸は、社務所で申し込むと拝むことができます。折角ですので申し込んで参拝させていただきました。参拝は、お祓いを済ませて後、上の写真の右隅の小さな入口から社殿の裏へ入ります。その入り口から奥は撮影禁止なので、写真はありません。入り口を入ると下り坂を少し降り、ちょうど社殿の下にあたる位置に拝所があります。そこから天岩戸が見えるのですが、洞窟自体がほとんど崩れているいるそうで、洞窟というより「くぼみ」は見れました。でも有難い気持ちになりました。

社殿の左側から境内に戻ります。そこには神楽殿があります。この建物は明治時代に建てられたもので、元は社殿だったそうです。

神楽殿

神楽殿の彫刻

参拝を済ませ、次に天安河原(あまのやすかわら)へ向かいます。


西本宮から岩戸川に沿って500mほど歩いた所にある天安河原があります。古事記等に登場する岩戸隠れの際に八百万の神々が集まって相談した場所であると伝わります。

岩戸川

しばらく歩くと、突然左側に洞窟が見えました。この洞窟が仰慕窟(ぎょうぼがいわや)と呼ばれます。

仰慕窟


洞窟内には天安河原宮という小さな祠があり、思兼神を主祭神として八百萬神が祀られています。

天安河原宮

今まで経験したことのない、とっても神秘的な空間です。

天安河原

参拝を済ませ、何だかとても神聖な気分になりました。

帰路 木々の緑が美しい

西本宮の参拝を済ませ、時間がないのでデミオ君で東本宮へ移動しました。
東本宮は、天照大神が天岩戸からお出ましになられた後、最初にお住まいになられた場所を御祀りしている神社です。

東本宮 一の鳥居

立派な木々に挟まれた参道

二の鳥居

階段を上りきったところに社殿があります。この社殿は桁行三間梁間二間の神明造で、昭和31年に造営されたものです。

本殿

念願の天岩戸神社に参拝できて非常に満足です。

さあ次は高千穂神社へ向かいます。