2018/12/24

粉河寺 <重要文化財> <西國第三番>

2018年12月24日 西国三十三観音巡礼で参拝しました。

駐車場に車を止めて本堂に向かいます。
粉河寺は天台系の寺院で、西国三十三所第三番札所。山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。本尊は千手千眼観音菩薩。伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、大伴孔子古によるとされています。

駐車場の手前にある大門は重文で、宝永4年(1707年)建立。入母屋造、本瓦葺きの楼門で、仏師春日作と伝える金剛力士像を安置しています。

大門




中門(重文)は入母屋造、本瓦葺きの楼門で、左右の間に四天王像を安置しています。棟札によれば明和(1764 - 1772年)頃から長い年月をかけて天保3年(1832年)に完成しています。「風猛山」の扁額は紀州十代藩主徳川治宝の筆です。

中門


本堂(重文)は西国三十三所の寺院の中で最大級の堂で、中門の先、一段高くなった敷地に建ちます。享保5年(1720年)上棟。本尊千手観音(秘仏)を安置する正堂(しょうどう)と、礼拝のための礼堂(らいどう)を前後に並べた形式になり、西国札所として、多数の参詣者を収容する必要から、礼堂部分を広く取られています。外観は高さの違う入母屋屋根を前後に並べ、千鳥破風を付し、さらに唐破風造の向拝を正面に付した複雑な構成になっています。礼堂は入母屋造単層、本瓦葺き。柱間は正面9間、側面4間で、前半分の2間分を建具を設けない吹き放しとし、参詣者用の空間としています。正堂は入母屋造重層、本瓦葺き。柱間は正面7間、側面6間で、前方の2間分は礼堂に組み込まれています。様式的には、虹梁形の頭貫や台輪を使用する点、正堂の組物を詰組とする点など、細部に禅宗様の要素がみられます。正堂内部には正面3間、側面3間の内陣が設けられています。内陣の正面1間分は須弥壇とし、千手観音の眷属である二十八部衆像と風神雷神像計30体を左右15体ずつ安置しています。その奥の正面2間、側面2間は千手観音像の安置場所で、扉と壁で囲まれて内部は公開されていませんが、土間床とし、中央に六角形の厨子を安置しています。ここに安置する千手観音像は「お前立ち」像とされ、真の本尊は本堂下の地中に埋められているそうです。

本堂
 






2018/12/02

毘沙門堂

2018年12月2日 紅葉狩りも合わせて参拝しました。

JR山科駅からなだらかな上り坂を10分ほど歩いて到着しました。


毘沙門堂は京都市山科区にある天台宗の寺院で、山号は護法山。本尊は毘沙門天。天台宗京都五門跡の一であり、山科毘沙門堂、毘沙門堂門跡とも呼ばれています。


本殿と唐門

紅葉にはちょっと早かったかな


弁財天

本殿

勅使門


宸殿

宸殿内部の障壁画百十六面は、すべて狩野探幽の養子狩野益信の作で、どの角度から見ても、鑑賞者が中心になるという逆遠近法の手法で描かれています。

動く襖絵

拝観を終え、山科駅まで戻る途中にも紅葉がありました。



山科駅で牛丼を食べ、時間があったので東福寺へ寄ってみることに。。。
しかしこちらは既に落葉。。。

東福寺



六波羅門を出て左へ登った所に、綺麗な紅葉が残っていました。

恐らく 正覚庵

この後、カフェを探して歩いていると伏見稲荷まで来てしまいました。
景色の良いカフェでコーヒーを飲んで、京阪 伏見稲荷駅 から帰りました。



2018/11/10

西明寺<国宝>

2018年11月10日 湖東三山最後に参拝しました。

三寺目の西明寺です。こちらは二つの国宝建造物があるので楽しみです。

境内図

惣門を入り、今までの2寺に比べると比較的短い参道を登って二天門(重文)に着きました。

二天門

桁行(間口)3間、梁間(奥行)2間、入母屋造、杮(こけら)葺きの八脚門です。部材の一つである巻斗に応永14年(1407年)の墨書があり、同年の建立とみられます。




二天門を入ると、正面に本堂(国宝)が建ちます。

本堂

入母屋造、檜皮葺き。鎌倉時代前期の和様建築です。内陣中央の厨子には本尊薬師如来立像(重要文化財、秘仏)を安置し、左右に日光・月光(がっこう)菩薩像、十二神将像、二天王像(重要文化財)などが安置されています。現状は桁行(間口)梁間(奥行)ともに7間とする「七間堂」ですが、建立当初は桁行、梁間ともに5間の「五間堂」であり、南北朝時代に規模を拡張したとみられます。組物間の蟇股(かえるまた)には建立当初のものと南北朝時代の拡張期のものとがあり、後者の方がデザインが複雑になってます。建立当初の柱はその多くが位置を移動して再用されています。組物は出三斗(でみつと)。正面には3間の向拝を付し、内部は奥行7間のうち手前の3間分を外陣、その奥の2間分を内陣、もっとも奥の2間分を後陣および脇室としています。正面は7間の柱間すべてを蔀戸(しとみど)とし、頭貫(かしらぬき)以外の貫を用いず、軸部は内法長押(うちのりなげし)と切目長押で固めるなど、典型的な和様建築の手法がとられています。



三重塔

三重塔(国宝)は檜皮葺きの和様で、様式的に鎌倉時代後期の建築です。総高は20.1メートル。逓減率が小さいことと、二重目・三重目の塔身の立ちが低いことが本塔の特色です。相輪は日本の他の木造塔では銅製とすることが多いですが、本塔のそれは鉄製です。初層内部には大日如来像を安置し、心柱は初層天井裏から立ちます。初層内部は須弥壇と床面を除く全面に極彩色の絵画が描かれています。絵画の主題は、内部の4本の柱(四天柱)には両界曼荼羅のうち金剛界曼荼羅成身会(じょうじんね)の三十二菩薩(四波羅蜜菩薩、十六大菩薩、八供養菩薩、四摂菩薩)を表し、四方の扉脇の壁面には計8面に法華経曼荼羅図(法華経二十八品(章)の説話の絵画)を表しています。このほか、扉には八方天、須弥壇周りの長押には宝相華、牡丹、鳳凰などが描かれています。このうち柱4本と壁8枚は国宝建造物の一部であるとともに、「絵画」としても別途重要文化財に指定されています。







下山後、安土城を登城し、日帰り温泉に入って帰りました。


金剛輪寺<国宝>

2018年11月10日 湖東三山2寺目に参拝しました。

百済寺から自家用車で大した時間もかからず到着しました。

境内図


総門



所々で色づいています




名勝庭園

千体地蔵

本堂までの参道の両側にお地蔵さん


二天門

ニ天門(重文)は室町時代中頃に建立された八脚門ですが、当初は楼門でしたが江戸時代中頃に二階部分が取り壊されたそうです。なぜ???

ここをくぐってやっと本堂


大悲閣本堂

大悲閣本堂(国宝)は弘安11年(1288)1月建立で鎌倉時代の代表的な和様建造物です。


三重塔(重文)は待龍塔と呼ばれ、古文書によれば寛元4年(1246)4月9日の記があり本堂より40年余り先に建立されました。

三重塔



下山後、最後の西明寺を目指します。