2013/02/16

春日大社⇒東大寺⇒興福寺 <世界遺産 国宝>

2013年2月16日 奈良公園周辺を散策しました。

今回は友人と二人です。天気は晴れ時々雪で非常に寒い日です。

JR奈良駅からまずは春日大社に向かいます。
商店街から猿沢の池の北側を通り、一之鳥居に到着。あ~車が邪魔!

一之鳥居

一之鳥居からは長い長い参道を進みます。万葉植物園を右に進むあたりから両側に灯篭が並び、厳かな雰囲気になります。

参道にあった壺神神社

やっと二之鳥居に到着。

二之鳥居

二之鳥居を入り、手水舎で身を清めて進むと、さらに灯篭の数が増えます。

苔に覆われたいい感じの灯篭

階段の上に南門が見えました。立派な楼門(重文)で鮮やかな朱色です。

南門

南門から内部の建造物は、本殿(国宝)以外は全て重文です。

南門から幣殿

幣殿横から特別参拝(500円)でさらに内部に入りました。正面に中門(重文)が見えます。

中門

東回廊

突然雪が降り出し、檜皮葺の屋根が薄っすら積り始めました。これはこれでラッキーです!

突然の雪

雪の中の参拝になりました。本殿西側には小さな神社がいくつかあります。

本殿西側(正面は風宮神社)

幣殿まで戻ってきても、まだ雪が降り続いています。

幣殿から中門を望む

お守りを頂いて、外から西回廊の方へ進みました。内侍門(重文)右前に酒殿(重文)があります。
酒殿は屋根に煙突状の突起があり、禅寺の庫裏の様です。ここで神様に捧げる酒が造られているのでしょうか?

内侍門と酒殿

ここから二月堂に向かいますが、お腹がすいたので昼食にします。
ちょうど風情のある茶店があったので、ここで「きつね茶そば」(700円)を食べました。蕎麦がちょっと柔らか目でしたが、汁は美味しかったです。


食後、若草山前の土産物屋で鹿が物欲しげに店の中を覗いていました。この鹿、「鹿せんべい」の文字が読めるのか???


若草山の北側に手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)がありました。
天平勝宝元年(749年)、東大寺及び大仏を建立するにあたって宇佐八幡宮より東大寺の守護神として勧請されたそうで、八幡宮からの分社では第一号です。治承4年(1180年)の平重衡による戦火で焼失し、建長2年(1250年)に北条時頼が現在地に再建しました。
苔の綺麗な境内です。



手向山八幡宮を抜けると三月堂(国宝)があり、さらに北に二月堂(国宝)があります。

二月堂

二月堂はお水取り(修二会)が行われることで有名で、当日も準備が行われていました。
この二月堂は平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火には焼け残りましたが、寛文7年(1667年)、お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されたのが現在の建物です。本尊は大観音(おおかんのん)、小観音(こがんのん)と呼ばれる2体の十一面観音像ですが、どちらも何人も見ることを許されない絶対秘仏でだそうです。


お坊さんも寒そうです

二月堂の回廊から開山堂(国宝)が見えました。開山良弁(ろうべん)僧正の像を祀るため、良弁堂ともよばれています。内陣中央に八角造の厨子がすえられ、国宝の僧正像が安置されています。このお堂は12月16日の良弁忌の時しか拝観できません。

開山堂

二月堂を出てきたら突然晴れてきました。ので、再度撮影。まだ腕がなので、やはり晴天の写真の方がが綺麗です。


二月堂から大仏殿へ向かいますが、大湯屋(重文)がある裏道から行きます。以前散策した時に人が少なく趣があるので気に入りました。

土塀がいい感じの小道

さあいよいよ大仏殿です。正面の南大門(国宝)から参道を進みます。
天平創建時の門は平安時代に大風で倒壊しました。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人(ちょうげんしょうにん)が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる大仏様の貴重な遺構です。正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)には門内に安置する運慶・快慶作の仁王像(国宝)とともに竣工しました。入母屋造、五間三戸二重門ですが下層は天井がなく腰屋根構造となっています。また屋根裏まで達する大円柱18本は、21mにも及び、門の高さは基壇上25.46mもあります。わが国最大の山門だけあってデカイです。ほぼ同じ大きさの知恩院の山門とは見た目は真逆です。

南大門

さらに参道を進むと、回廊の入り口にあたる中門(重文)があります。

中門

中門からの大仏殿(国宝)です。やはりデカイです。圧倒されます。

大仏殿

回廊入口から

今回は大仏殿には入らず四天王像を見に戒壇堂へ行きました。

戒壇堂

2回目でしたが、広目天は生きています!

門の屋根に狛犬のような何物かが。。
怖カワイイ!!!

戒壇堂前の階段?

最後に興福寺へ参拝。興福寺といえば下のアングル。東金堂(国宝)と五重塔(国宝)です。


この微妙な屋根の広がりが美しい




2013/02/03

三千院 <重要文化財> 大原散策

2013年2月3日 参拝しました。

今回は悪友2人と一緒に行きました。
出町柳からバスで大原まで約30分です。

まずは大原といえば三千院です。

有名なショット

三千院境内図

まるでお城のような石垣を右にして進むと、これまた城門のような立派な御殿門があり、ここから入ります。

御殿門

三千院は天台宗の寺院で三千院門跡とも言われています。山号は魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄です。青蓮院、妙法院とともに天台宗の三門跡寺院の1つに数えられています。
三千院は8世紀、最澄の時代に比叡山に建立された円融房が起源で、のちに比叡山東麓の坂本に移され、たび重なる移転の後、1871年(明治4年)に現在地に移ったそうです。「三千院」あるいは「三千院門跡」という寺名は1871年以降使われるようになったもので、それ以前は「梶井門跡」「梶井御所」「梶井宮」などと呼ばれていましたが、「円融房」が正式の寺名だったようです。
御殿門の正面に客殿があります。慶長年間(17世紀初)に建て替えられた旧御所の旧材を用いて建てられたものです。が、ここから入るのでありません。後で内部は拝観できます。

客殿

入り口は御殿門を入って左にあります。


客殿には聚碧園と呼ばれる池泉式庭園があります。が、冬の季節はちょっと枯れた感じです。

聚碧園にあった手水鉢

次に宸殿です。大正15年(1926)、宮中の行事であった御懺法講の儀式を行うために造られたもので、御所の紫宸殿を模した造りになっています。かつて三千院の門主が導師を勤めた縁から、今は三千院に受け継がれています。中の間には本尊の秘仏薬師如来像、西の間には木造救世観音半跏像(重文)、木造不動明王立像(重文)などが安置されています。
宸殿では、たまたま節分の日だったので、おさがりの福豆をいただきました。ありがたや。

宸殿前には有清園という池泉式回遊庭園があり、その向こうに往生極楽院(重文)が見えます。

有清園と往生極楽院

宸殿から有清園におりて往生極楽院へ向かいます。周りの木々は枯れた感じですが、苔は美しい緑を保っています。

往生極楽院

間口3間、奥行4間、入母屋造、杮(こけら)葺き、妻入でこじんまりしていますが、歴史が感じられるいいお堂です。内部は船底天井になっていて、中尊の像高2.3メートルの阿弥陀三尊像(国宝)が堂内の空間一杯に安置されています。平安時代末期の12世紀創建ですが、江戸時代の1616年(元和2年)に大幅な修理を受けていて、建物の外回りはほとんど江戸時代のものに変わってしまっているそうです。

阿弥陀三尊像(国宝)
堂外から撮影しました

堂内ではお坊さんが楽しい解説をされていました。残念ながら途中からしか聞けませんでしたが。。。しかし節分だったので、豆まきをされました。1分ほどでしたが。。。

往生極楽院の正面には朱雀門があります。こちらは往生極楽院の正門だそうです。

朱雀門

庭園内のわらべ地蔵


往生極楽院 正面

往生極楽院前の美しい苔の庭

往生極楽院から北の方に金色不動堂があり、その前でまたまた節分なのでぜんざいの振る舞いがありました。何てラッキーな!寒かったのであったまりました。

おいしかったぁ~

三千院を後にして、次は宝泉院へ向かいます。
途中、勝林院(しょうりんいん)があります。法然上人が「大原問答」を行ったところで、本堂は非常に立派です。

勝林院 本堂

勝林院の前には「法然上人腰掛石」がありました。ほんまかなぁ?

法然上人腰掛石

勝林院から数分で宝泉院に到着。

宝泉院 玄関

宝泉院は天台宗の寺院で、盤桓園(立ち去りがたいという意味、額縁庭園とも言う)という庭園が有名です。盤桓園には樹齢300年の沙羅双樹の木が茂り、樹齢700年の「五葉の松」は圧倒されます。座敷に通され、抹茶と茶菓子がいただけます。額縁庭園を眺めながらの抹茶は「京都へ来たー」という気分に浸れます。

盤桓園

宝泉院で見たかったもう一つが「血天井」です。関ヶ原の戦いの前哨戦となった伏見城の戦いの際に、徳川家臣鳥居元忠以下数百名が自刃した伏見城の床板が、その霊を供養するため天井板として使われています。私は養源院の血天井を知っているだけに、ちょっと。。。でしたが。

血天井(わかりにくいですが)

お抹茶と茶菓子

宝泉院を出てちょうどお腹がすいたので昼食にしました。三千院門前の京美茶屋で湯葉そば定食(1080円)をいただきました。

湯葉そば定食

昼食後、隣の土産物屋でしば漬けを買って、次は来迎院へ向かいます。
途中、往生極楽院の朱雀門がありました。色は違いますがやはり城郭の搦手門の様です。

朱雀門の外側

小さな石像があったので、門をバックに一枚。


予想外に遠かったですが来迎院に到着しました。

山門

来迎院(らいごういん)は天台宗の寺院で、山号は魚山。本尊は薬師如来です。
平安時代前期に円仁が天台声明の道場として創建したと伝わります。天仁2年(1109年)融通念仏の祖とされる良忍がこの寺に入寺して再興されました。

境内は静かです。本堂は天文2年間(1532年)に再建されたものです。

本堂

境内の奥の御廟には三重石塔(重文)が建てられています。

三重石塔

来迎院を出てちょっと足をのばして寂光院へも立ち寄りました。


寂光院(じゃっこういん)は天台宗の寺院で、山号を清香山と称し、寺号は玉泉寺です。本尊は地蔵菩薩、開基は聖徳太子と伝わります。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所として有名で、『平家物語』ゆかりの寺として知られています。
本堂は淀殿の命で片桐且元が慶長年間(1596年-1615年)再興したものでしたが、平成12年(2000年)5月9日の放火で焼失しました。この際、本尊の地蔵菩薩立像(重文)も焼損してしまいました。現在の本堂は平成17年(2005年)6月再建されたもので、残念ながら風情はありません。

寂光院を出て出町柳へ帰ってきました。まだ時間が早かったので賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ:下賀茂神社)に参拝して帰りました。

境内にある河合神社

賀茂御祖神社 楼門