2021/07/25

墨坂神社

 2021年7月25日 八咫烏神社の後で参拝しました。

宇陀川に面して、朱の鳥居がとても目立ちます。

墨坂神社は猛威を振るった大和のはやり病に心を痛めた第10代・崇神天皇が、この疫病を鎮めるため墨坂の神と逢坂の神を祀り創建されました。この記述は古事記や日本書紀に記されています。墨坂神社は日本最古の健康の神を祀るとも言われる由緒深い神社で、氏子の皆様はもとより皆様の祟敬をあつめてまいりました。

コロナ退散をお願いしてきました。

主祭神 天御中主神 天地宇宙創造の神
    高皇産霊神 男女産霊の神、生成力を持たれる神
    神皇産霊神 生成力を我々人間の形とした御祖神(みおや)
    伊邪那岐神 国生みと神生みの男神
    伊邪那美神 天津神の命により創造活動の殆どを司り、冥界を司る女神
    大物主神  五穀豊穣厄除け国の守護神である
の六神を総称して墨坂大神 病気平癒 健康の神




参拝を終えて、針ICから帰宅しました。




八咫烏神社

 2021年7月25日 阿紀神社の後に参拝しました。

道路沿いにある鳥居をくぐり抜けて神社までの道が狭く、両側の雑草に車をこすりながら駐車場に入りました。

『続日本紀』に文武天皇の時代、慶雲2年(705年)に八咫烏社を祭るとの記述が見え、これが当社の創祀となっているそうです。文献上、日本において初めて八咫烏を神として祀った神社だそうです。
また、建角身命は『新撰姓氏録』によれば、神武天皇が大和へ東遷する折、「八咫烏」に化身し、熊野の山中で停滞する一行を大和へと道案内し、皇軍の勝利に貢献したと伝えられています。
このような御由緒から古来、軍神として崇敬され、南北朝時代には後醍醐天皇の篤い信仰により社は大いに栄えたと伝えられています。

主祭神    建角身命(八咫烏)



掃除が行き届いている印象で、地元の方々に大切にされている神社であることがわかりました。


次は墨坂神社へ向かいます。


阿紀神社 [元伊勢:宇多秋宮]

 2021年7月25日 元伊勢巡拝の一社目に参拝しました。

談山神社の後で参拝しましたが、途中の道がとても細く、本当にこの先にあるのかが心配になりました。

阿紀神社は、宮中でお祀りされていた天照大神を新たにお祀りする地を探す旅に出た倭姫命が、最初にその候補地とした場所であったと伝わります。
このあたりは古代最大の内乱「壬申の乱」の舞台としても『日本書紀』に登場します。挙兵を決意し、吉野宮を出発した大海人皇子(おおあまのみこ)(後の天武天皇)の一行が「菟田の吾城(あき)」に立ち寄りました。この吾城が阿紀神社の付近とされています。
悠久の歴史が重なる古社の本殿は、格式高い神明造。境内には、江戸時代に織田信長の子孫、織田長頼(ながより)が寄進したという能舞台があります。

主祭神 天照皇大神, 秋田比売神, 邇邇杵命, 八意思兼神



境内は神聖な空気で満たされている気がしました。元伊勢という事と神明造の社殿からの印象かもしれません。


次は八咫烏神社へ向かいます。



談山神社 <重要文化財> 2度目

 2021年7月25日 ほぼ9年ぶりの参拝です。

9年前と同様、非常に暑い日でした。
やはり談山神社は見所がいっぱいでした。




次は阿紀神社へ向かいました。