2019/06/20

神宮125社巡拝 第一回

2019年6月20日~21日 神宮125社巡りを始めました。

初回なので、御朱印をいただける神社7社中6社をメインで参拝しました。
御朱印帳は、もちろん神宮で新たに購入しました。この御朱印帳の裏から二十二社の御朱印帳にするつもりです。

ガイドブックは「神宮125社巡拝案内 (\300)」を神宮会館で購入しました。


足は近鉄の「伊勢神宮参拝きっぷ」を購入しました。\6,800で大阪から伊勢周辺への往復特急指定券と現地での近鉄と三交バスがほぼ乗り放題です。


さあ出発!

鶴橋9:16発 伊勢志摩ライナー

快適な電車旅で10:54に伊勢市駅に到着。
宿泊するホテルに荷物を預けて、まずは昼食。外宮前の店(店名不明)で志摩うどんと手捏ね寿司のセット(確か\900)を食べました。志摩うどんは愛想のない伊勢うどんよりは美味しいかも。

志摩うどんと手捏ね寿司のセット

食後、神宮は外宮(豊受大神宮:とようけだいじんぐう)から参拝するのが正式とのことで、豊受大神宮を参拝します。

豊受大神宮は、衣食住、広く産業の守護神である豊受大御神をお祀りし、古くから内宮に対して外宮と並び称されています。

今から約1500年前、天照大御神のお食事を司る御饌都神(みけつかみ)として丹波国から現在の地にお迎えされました。内宮の御鎮座から約500年後のことです。以来、外宮御垣内の東北に位置する御饌殿(みけでん)では朝と夕の二度、天照大御神を始め相殿(あいどの)及び別宮の神々に食事を供える日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)が続けられています。

豊受大神宮 正面


一之鳥居

二之鳥居
空気が変わります

境内

気持ちにいい境内を歩いて正宮に到着しました。

正宮

豊受大神宮(とようけだいじんぐう)の御祭神は豊受大御神で、天照大御神の大御饌の守護神であり、すべての産業の守り神です。


正殿に参拝し、感謝と今回の旅の安全をお願いしました。

古殿地

次は外宮境内の3つの別宮を参拝します。
最初は土宮(つちのみや:豊受大神宮別宮)です。

土宮

ご祭神は、大土乃御祖神。古くから山田原(やまだのはら)の鎮守の神でしたが、外宮の鎮座以後は宮域の地主神、宮川堤防の守護神とされ、平安時代末期に別宮に昇格しました。

土宮

次は風宮(かぜのみや:豊受大神宮別宮)です。

風宮

ご祭神は、風雨を司る級長津彦命で、内宮別宮の風日祈宮(かざひのみのみや)のご祭神と同じです。雨風は農作物に大きな影響を与えますので、神宮では古より正宮に準じて丁重にお祀りしています。

次は、丘の上にある多賀宮(たがのみや:豊受大神宮別宮)です。


多賀宮は、外宮に所属する四別宮のうち第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、豊受大御神の荒御魂(あらみたま)。神様の御魂のおだやかな働きを、「和御魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、荒々しく格別に顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを、「荒御魂」とたたえます。

多賀宮

外宮の御朱印をいただき、参道を北に向かって歩きます。

大きな木々の間を抜ける気持ちのいい道

正宮が右側から見れます

外宮の境内を出て、次は月夜見宮(つきよみのみや:豊受大神宮別宮)へ向かいます。

月夜見宮 鳥居


ご祭神は月夜見尊。天照大御神の弟神で内宮別宮 月読宮のご祭神と同じです。月読宮は月読尊と荒御魂をそれぞれ別の社殿にお祀りしていますが、月夜見宮は、月夜見尊と月夜見尊荒御魂を一つの社殿に合わせてお祀りしています。

月夜見宮


月夜見宮境内には高河原神社(たかがわらじんじゃ:豊受大神宮摂社 )があります。
ご祭神は宮川の高河原といわれた土地の開拓の守護神 月夜見尊御魂(つきよみのみことのみたま)  です。

高河原神社


外宮と違って、ほとんど参拝者がおらず、静かな気持ちになりました。

月夜見宮境内

御朱印をいただき、次はバスで内宮へ向かいます。
約20分で内宮前に到着。

内宮

およそ2000年前、垂仁天皇の御代から五十鈴川のほとりに鎮まります皇大神宮(こうたいじんぐう)は皇室の御祖先であり、我々国民から総氏神のように崇められる天照大御神をお祀りしています。

宇治橋



できるだけ人が少ないときに撮影しましたが、さすが内宮。平日の木曜日にもかかわらず参拝者(観光客)が多いです。おそらく外宮には参拝せずに内宮だけ参拝する人が多いのでは?

一之鳥居

五十鈴川で身を清めて

まず風日折宮へ参拝します。本来、瀧祭神をお参りしなければならなかったのに、歩きながら動画を撮影していて通過してしまいました。


風日折宮橋

島路川


風日折宮

風日折宮(かざひのみのみや:皇大神宮別宮)の御祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなたべのみこと)で、風雨が順調で五穀が豊かに稔るよう見守られています。
本来の参道から外れているので、ほとんど参拝する人はいません。


本来の参道に戻って正宮へ向かいます。

境内は巨木が一杯です

正宮へ到着

皇大神宮(内宮)は、天孫降臨(てんそんこうりん)の際、天照大御神の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと:天孫)が高天原(たかまがはら)から葦原の中つ国(あしはらのなかつくに:地上)にあまくだる(降臨)際に授かった三種の神器の一つの八咫鏡(やたのかがみ)を代々宮中で天皇ご自身がお祀りされていましたが、崇神天皇の御代になるとお側でお祀りすることに恐れを抱かれ、皇居を出られ、大和の笠縫邑(かさぬいのむら)に神籬(ひもろぎ)を立ててお祀りすることになりました。


そこでは、天皇にお代わりして、豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)が皇大御神をお祀りしていましたが、垂仁天皇の御代に、倭姫命(やまとひめのみこと)が新たに皇大御神をお祀り申し上げるにふさわしい地を求められることになりました。倭姫命は大和の国を始め伊賀、近江、美濃の諸国を巡られた後、伊勢の国の度会(わたらい)の地、宇治の五十鈴の川上に到られ、皇大御神のお教えのままに「祠(やしろ)」をたててお祀り申し上げることになりました。今からおよそ2000年前のことです。祠は社(やしろ)とも書き、家(や)や屋(や)の代(しろ)という意味で、大きなお祀りに際してその度新たにたてられる建物のことです。神籬や祠のように臨時にたてられる建物が、神の宮、つまり神宮と呼ばれるほどに大きな規模になったのは、天武天皇から持統天皇の御代にかけてのことと考えられています。20年に一度の大祭、神宮式年遷宮もその時代に始まりました。


日々の幸せに感謝して、境内の散策(125社巡拝)を続けます。
御稲御倉神(みしねのみくらのかみ:皇大神宮所管社)は、御祭神が御稲御倉神で、神宮神田で収穫した御稲が奉納され、三節祭でお供えされます。建物は正宮同様に神明造で、規模は小さいものの特徴をうかがうことができます。

御稲御倉


さらに進むと荒祭宮があります。

荒祭宮

荒祭宮(あらまつりのみや:皇大神宮別宮)の第一に位しています。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、天照大御神の荒御魂(あらみたま)。神様の御魂のおだやかな働きを、「和御魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、荒々しく格別に顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを、「荒御魂」とたたえます。


さらに巡拝を続けます。

境内は爽やかな風が吹いています

御酒殿神(みさかどのかみ:皇大神宮所管社)と由貴御倉神(ゆきのみくらのかみ:皇大神宮所管社)に着きました。御酒殿はお酒の神をお祀りし、古くはここで神酒を醸造していましたが、現在は三節祭(さんせつさい)の前に酒麹を奉納し、白酒、黒酒、醴酒、清酒の四種類の神酒を一旦お納めします。由貴とは、清浄でけがれのないという意味で、古く由貴御倉ではお供えものや果物などを納めていました。

御酒殿(左)と由貴御倉(右)

宇治橋の向かいには、2つの神社があります。


大山祇神社(おおやまつみじんじゃ:皇大神宮所管社)は、神路山の入口の守護神である大山祇神をお祀りし、古くは山神社と呼ばれていました。子安神社(こやすじんじゃ:皇大神宮所管社)は大山祇神の娘神である木華咲耶姫神(このはなさくやひめのかみ)をお祀りし、地元の方からは、安産、子授けの神として崇敬されています。

大山祇神社

子安神社



内宮境内の参拝を終え、神宮会館でガイドブックを購入し、さらに巡拝を続けます。
神宮会館からバスに乗り、月読宮(つきよみのみや:皇大神宮別宮)に到着しました。

月読宮


ご祭神は月読尊。天照大御神の弟神で外宮別宮 月夜見宮のご祭神と同じです。「月を読む」と記すとおり、月の満ち欠けを教え暦を司る神であることを意味します。

気持ちのいい参道

右から月読荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや:皇大神宮別宮)②、月読宮(つきよみのみや:皇大神宮別宮)①、伊佐奈岐宮(いざなぎのみや:皇大神宮別宮)③、伊佐奈弥宮(いざなみのみや:皇大神宮別宮)④の四別宮が並んで鎮座し、①から④の順にお参りされるのが一般的だそうです。

月読荒御魂宮(右)②と月読宮(左)①

伊佐奈岐宮(右)③と伊佐奈弥宮(左)④

月読宮の域内、裏参道の入口近くにひっそりと鎮座するのが葭原神社(あしはらじんじゃ:皇大神宮末社)です。御祭神は佐佐津比古命,宇加乃御玉御祖命と伊加利比売命で、田や畑を守護する五穀豊穣の神をお祀りしています。

葭原神社

参拝後に御朱印をいただき、巡拝を続けます。
次は歩いて倭姫宮へ向かいますが、暑さで熱中症になりそうだったので、途中のコンビニでアイスコーヒーとチーズケーキで休憩して復活し、坂道を登り到着しました。

倭姫宮


倭姫宮(やまとひめのみや:皇大神宮別宮)のご祭神は、天照大御神の御杖代(みつえしろ)となって、皇大神宮ご創建のご功績のあった第十一代垂仁天皇の皇女、倭姫命(やまとひめのみこと)です。倭姫命は諸々の祭典、摂末社や御料などを定められました。

凛とした空気が漂う参道


階段を上がると手水舎があり、


心身を清めてさらに進むとお社があります。



こちらも誰もいません。ゆっくり参拝できました。
御朱印をいただき、今日の巡拝はここで終わりです。
バスに乗って伊勢市駅前まで行き、ホテルに入りました。

今晩の夕食は、ホテルのレストラン「伊勢みやび」で 鯛釜飯御膳 を食べました。
味も量も満足でした。



2019年6月21日

朝食はホテル近くのコンビニでパンを買い、ホテルのコーヒーで済ませ、荷物を預けて出発しました。今日は少し遠出します。

近鉄伊勢市駅から普通電車で賢島方面行にのり、上之郷駅で下車しました。無人の思いっきり田舎駅です。誰もいません。


上之郷駅から歩いて5分ほどで石垣が見えてきました。


伊雑宮(いざわのみや:皇大神宮別宮)に到着です。

伊雑宮


伊雑宮は、天照大御神の御魂をお祀りし、「いぞうぐう」とも呼ばれます。古くから「遙宮(とおのみや)」として崇敬を集め、地元の人々によって海の幸、山の幸の豊饒(ほうじょう)が祈られてきました。
毎年6月24日(6月月次祭当日)に行われる御田植式は、とても雅な神事で、「磯部の御神田(おみた)」の名で国の重要無形民俗文化財に登録され、日本三大田植祭の一つとされます。

伊雑宮 参道

伊雑宮の創立は約2000年前、第11代垂仁(すいにん)天皇の御代といわれます。皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命(やまとひめのみこと)が御贄地(みにえどころ)を定めるため、志摩国をご巡行された後、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)がこの地に神殿を創建し、皇大御神の御魂をお祀りしたと伝えられています。


暫く歩くと社殿が見えてきました。



御田植式の準備か、テントが張られていました。

祓所(左)と忌火屋殿(右)

境内を散歩

境内の南に御神田があります。

御神田

伊雑宮から北へ5分ほど歩くと倭姫命の遺跡があります。
「鏡楠」という樹の根元を掘ったところ、縦4m、横3m50cmの天井石が現れ、その下から鏡や勾玉などが出てきました。「これは倭姫の遺跡か?」ということになったのだそうです。

倭姫命の遺跡

伊雑宮に戻って、炎天下を10分程歩いて佐美長神社に到着しました。


佐美長神社(さみながじんじゃ:伊雑宮所管社)は大歳神(おおとしのかみ)を祀ります。真名鶴が稲穂をくわえて飛んできて、その穂を落とした伝承から「穂落社(ほおとしやしろ)」、また真名鶴を五穀豊穣の神である大歳神と称えて「大歳社」とも呼ばれています。

佐美長神社


また佐美長神社の前に並んで鎮座する四つの小さなお社は佐美長御前神社四社(さみながみまえじんじゃ:伊雑宮所管社)で、佐美長御前神を祀る。また地元の神である伊佐波登美命とその子孫を祀るとも伝わります。

佐美長御前神社四社

佐美長神社から炎天下を歩いて志摩磯部駅に到着しました。汗だくでへとへとです。
志摩磯部駅はスペイン村が出来た時に開業したのでしょうか?今は寂れていますねぇ。。。

志摩磯部駅

志摩磯部から一旦伊勢市駅へ戻ります。
昨晩ホテルで見たのケンミンショーで、偶然「てこねずし」を紹介していて、また食べたくなったので、伊勢市駅と外宮との間の店(店名忘れた)で「てこねずし」(\900?)を食べました。やっぱり美味しかった!


少し早い昼食後、今度はJR参宮線で田丸へ行きます。そこで巡拝と登城をします。
伊勢市から2駅で到着しました。

田丸駅 誰もいません。。。

やはり暑いです。東へ歩いて10分弱で狭田国生神社に到着しました。

ここは鳥居がありません

境内は狭く参道は短い

狭田国生神社(さたくなりじんじゃ:皇大神宮摂社)の祭神は川の神二柱で、速川比古命(はやかわひこのみこと)と速川比女命(はやかわひめのみこと)と土地の守り神、山末御魂(やまずえのみたま)。狭田とは川の支流に挟まれた細長い田のことです。



狭田国生神社を参拝し、次は田丸城を登城します。

街道石柱

田丸城は「チャーリーの登城記」でアップしています。
登城後、坂手国生神社へ向かいましたが、予想以上に遠くまた暑く、休憩する場所もなかったので、マジで途中で倒れそうになりました。しかし何とか踏ん張って、坂手国生神社の入口に到着しました。

坂手国生神社


境内に入ると、涼しい風が吹いていて、ゆっくり登りながら生き返ってきました。そして社に到着。


坂手国生神社(さかてくなりじんじゃ:皇大神宮摂社)の祭神は、この地方の灌漑用の水を守る神、高水上神(たかみなかみのかみ)です。この神社は潮尾崎(うしおざき)の池と道をはさむ小高い丘に坂のあたりにあり、社名の由来といわれています。

坂手国生神社

元々の予定では、ここから棒原神社を参拝して外城田駅から戻る予定でしたが、とても行けそうにないので、高水上神に「無事に田丸駅まで帰してください」だけをお願いして、暫く休憩させていただいたら、ほぼ復活することができました。(気のせいか???)

そして無事に田丸駅まで帰ることができました。棒原神社は次回に訪れましょう!
電車は1時間に一本。45分待ちました。都会に住んでいる有難さを実感しました。

伊勢市駅に戻り、16:49発のビスタカーで大阪へ帰りました。

一泊二日の125社巡拝旅はとても楽しかったです。
次回は涼しい秋ごろに計画します。