2025/10/17

苗村神社<国宝>

2025年10月17日 大笹原神社参拝後、昼食を挟んで参拝しました。

駐車場は県道沿いにありました。

苗村神社(なむらじんじゃ)は、滋賀県蒲生郡竜王町にある神社で、式内社で旧社格は県社です。


まずは、西境内へ向かいます。

逆光で中々上手く写せず

楼門(重文)は、大永2年(1522年)再建です。

楼門



拝殿

拝殿と後方に本殿

西本殿(国宝)は、徳治3年(1308年)再建です。三間社流造、桧皮葺です。

本殿

主祭神:那牟羅彦神(なむらひこがみ)
    那牟羅姫神(なむらひめがみ)
    国狭槌尊(くにのさづちのみこと)



神輿庫(重文)は、天文5年(1536年)再建です。

神楽庫(左)

境内側からの楼門

県道を挟んで東境内があります。



東本殿側の参道

参道の左側に東苗村古墳群(6世紀後半の古墳群)が広がっています。
さらに進むと東本殿(重文)があります。室町時代中期の再建です。

東本殿

相殿神:大国主命(おおくにぬしのみこと)
    事代主神(ことしろぬしのかみ)
    素盞嗚尊(すさのおのみこと)




東境内の方が神聖感を感じました。


参拝後、日帰り温泉に立ち寄って帰りました。
 




大笹原神社<国宝>

 2025年10月17日 御上神社から15分ほどで到着しました。

御上神社と異なり、人通りの無いひっそりした森の中に鎮座しておられます。
駐車場は鳥居横にありました。

大笹原神社(おおささはらじんじゃ)は、滋賀県野洲市大篠原にある神社で、旧社格は郷社です。

鳥居

境内図

参道は木々に囲まれています。

参道


ご祭神
主祭神 - 速須佐之男命、稲田姫命、八王子命、宇多天皇、敦実親王、佐々木高綱
配祀神 - 大己貴命、瓊々杵命、少彦名命、応神天皇、伊弉冉尊、天照大神、月夜見命、玉津姫命、菅原道真

境内


拝殿は、入母屋造、間口四間、奥行三間です。

拝殿


本殿(国宝)は、三間社入母屋造、向背一間、檜皮葺。外陣の正面三間と側面一間は花狭間格子戸となっています。高欄は跳高欄。脇障子の若葉の浮彫は、欄間、蟇股とともに見事なものとなっています。東山文化の美を極めた華麗な彫刻や装飾が施されており、歴史的価値は高いとされています。

本殿


篠原神社(重文)は、応永32年(1425年)建立で、一間社隅木入り春日造、檜皮葺です。この地域は良質のもち米が穫れることからか餅の宮とも呼ばれており、当地は鏡餅発祥の地とされています。当社は鏡餅の元祖が祀られています。
  祭神:石凝姥命

篠原神社(右)


参拝を終え、昼食後、苗村神社へ向かいます。





御上神社<国宝>

 2025年10月17日 近江地方の国宝神社巡りに1社目です。

鳥居前に駐車場があったので、車を停めて参拝します。

御上神社(みかみじんじゃ)は、滋賀県野洲市三上にある神社で式内社(名神大社)です。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社になります。琵琶湖南岸、「近江富士」の別名もある三上山(標高432メートル)の山麓に鎮座し、三上山を神体山として祀っています。三上山は藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治伝説でも知られています。



境内図



楼門(重文)は康安5年(1365年)室町時代の建立と考えられます。楼門としては最も普遍的な、三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺で、全体は和様ですが、上層の頭貫に木鼻をつけたのは禅宗様細部の混用されています。組物は上下層共三手先ですが、楼門の上層三手先組物に尾垂木が無いのは珍しい形式だそうです。

楼門

拝殿(重文)は、旧本殿の部材を再利用して建立されたものと云われています。本殿の柱間寸法と殆ど変らない規模で、隅柱上のみに舟肘木をもち、内部中央を棹縁天井に、その周囲を化粧屋根裏とし、軒は二軒繁垂木であり、入母屋の破風を小さく構えるなど本殿の様式とよく似ており、柱には旧柱間装置の仕口が残っています。様式等により鎌倉時代後期の建立と考えられます。面及び背面のそれぞれ中央間は内法長押を一面に張り、機能的に修理が行われたことがわかります。(桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、檜皮葺)

拝殿


本殿(国宝)は、建立年代は明らかではないが、様式手法からみて鎌倉時代後期の建立と推定されます。入母屋造、漆喰壁及び連子窓など仏堂的要素が融合した神社建築で、簡素であるが優れた形をしています。中心部一間四方を内陣として正面に板扉を構え、その周囲に一間通り化粧屋根裏の庇を廻らした構成ですが、側柱の間隔はすべて同じで、内陣の柱間はその一間よりやや広くなっています。身舎(内陣)、側廻りとも隅柱上に舟肘木をのせ、向拝の蟇股は内部彫刻を失っていますが、柱上連三斗の組物と共に力強く、手挟は珍しい形をしています。反花を刻んだ縁束石が並んだところは壮観で、その正面右端のものに建武4年(1337年)の刻銘(地中部分)があり、縁廻り及び向拝はこの時期に修理が行われたとみられています。(桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺)

本殿

主祭神
   ・天之御影命(あめのみかげのみこと)
      天津彦根命の子で天照大神の孫。日本第二の忌火の神とされる。





摂社 若宮神社 本殿(重文)は、神の座を設ける母屋に縁を廻らし、正面に木階をつけ屋根を全体に延ばして木階を覆うと共に拝礼の場を作ったもので、屋根は流麗な曲線に発達しています。全国的に分布し、一間社流造は三間社流造に次いで遺構が多い形式です。
この本殿の建立年代は明らかではないですが、鎌倉時代後期のものとみられ、規模は中型で浜床を低く作る形式は古式に属しています。母屋の円柱上には舟肘木をのせ、向拝は大面取の方柱で連三斗の組物をのせ、母屋柱との間に繋虹梁をかけています。向拝には内部彫刻の簡単な古式的な本蟇股を飾り、全体的に明快簡素な建築となっています。(一間社流造、檜皮葺)

摂社 若宮神社 本殿

摂社 三宮神社 本殿は、建立年代は室町時代。御上神社の摂社で「十禅師社」とも称しています。構造形式は若宮神社と似ており、蟇股には牡丹の透彫が入っています。

摂社 三宮神社 本殿



楼門

楼門




参拝後、次は大笹原神社へ向かいました。