2025年10月17日 近江地方の国宝神社巡りに1社目です。
鳥居前に駐車場があったので、車を停めて参拝します。
御上神社(みかみじんじゃ)は、滋賀県野洲市三上にある神社で式内社(名神大社)です。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社になります。琵琶湖南岸、「近江富士」の別名もある三上山(標高432メートル)の山麓に鎮座し、三上山を神体山として祀っています。三上山は藤原秀郷(俵藤太)のムカデ退治伝説でも知られています。
楼門(重文)は康安5年(1365年)室町時代の建立と考えられます。楼門としては最も普遍的な、三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺で、全体は和様ですが、上層の頭貫に木鼻をつけたのは禅宗様細部の混用されています。組物は上下層共三手先ですが、楼門の上層三手先組物に尾垂木が無いのは珍しい形式だそうです。
楼門
拝殿(重文)は、旧本殿の部材を再利用して建立されたものと云われています。本殿の柱間寸法と殆ど変らない規模で、隅柱上のみに舟肘木をもち、内部中央を棹縁天井に、その周囲を化粧屋根裏とし、軒は二軒繁垂木であり、入母屋の破風を小さく構えるなど本殿の様式とよく似ており、柱には旧柱間装置の仕口が残っています。様式等により鎌倉時代後期の建立と考えられます。面及び背面のそれぞれ中央間は内法長押を一面に張り、機能的に修理が行われたことがわかります。(桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、檜皮葺)
拝殿
本殿(国宝)は、建立年代は明らかではないが、様式手法からみて鎌倉時代後期の建立と推定されます。入母屋造、漆喰壁及び連子窓など仏堂的要素が融合した神社建築で、簡素であるが優れた形をしています。中心部一間四方を内陣として正面に板扉を構え、その周囲に一間通り化粧屋根裏の庇を廻らした構成ですが、側柱の間隔はすべて同じで、内陣の柱間はその一間よりやや広くなっています。身舎(内陣)、側廻りとも隅柱上に舟肘木をのせ、向拝の蟇股は内部彫刻を失っていますが、柱上連三斗の組物と共に力強く、手挟は珍しい形をしています。反花を刻んだ縁束石が並んだところは壮観で、その正面右端のものに建武4年(1337年)の刻銘(地中部分)があり、縁廻り及び向拝はこの時期に修理が行われたとみられています。(桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺)
本殿
主祭神
・天之御影命(あめのみかげのみこと)
天津彦根命の子で天照大神の孫。日本第二の忌火の神とされる。
摂社 若宮神社 本殿(重文)は、神の座を設ける母屋に縁を廻らし、正面に木階をつけ屋根を全体に延ばして木階を覆うと共に拝礼の場を作ったもので、屋根は流麗な曲線に発達しています。全国的に分布し、一間社流造は三間社流造に次いで遺構が多い形式です。
この本殿の建立年代は明らかではないですが、鎌倉時代後期のものとみられ、規模は中型で浜床を低く作る形式は古式に属しています。母屋の円柱上には舟肘木をのせ、向拝は大面取の方柱で連三斗の組物をのせ、母屋柱との間に繋虹梁をかけています。向拝には内部彫刻の簡単な古式的な本蟇股を飾り、全体的に明快簡素な建築となっています。(一間社流造、檜皮葺)
摂社 若宮神社 本殿
摂社 三宮神社 本殿は、建立年代は室町時代。御上神社の摂社で「十禅師社」とも称しています。構造形式は若宮神社と似ており、蟇股には牡丹の透彫が入っています。
摂社 三宮神社 本殿
楼門
楼門
参拝後、次は大笹原神社へ向かいました。