約7年ぶりの参拝です。
今回は友人の南海電鉄株主券を使わせてもらって急行での入山です。
極楽橋駅からケーブルカーで登ります。
そして高野山駅に到着。
マスコットのこうやくん
山内図
高野山駅で山内バスの1日フリー乗車券を購入し、大門バス停までバスで移動。前回とは逆ルートで参拝します。
大門(重文)に到着。1705年の再建で、高野山の総門らしく立派な門です。
大門
大門をくぐって壇上伽藍に向かいます。さすがに高野山!14℃しかありません。
一部分だけ赤くなった紅葉を発見
途中、公園の奥にある祓川弁財天という祠を発見。鳥居の先に参拝する道がありません?
しばらく歩くと壇上伽藍の中門に到着。
境内図
壇上伽藍は天保14年(1843年)の大火により、西塔のみを残して、ことごとく焼き尽くされました。中門は開創1200年を記念して2015年の再建されたもので、五間二階の楼門です。
中門
中門を入ると正面に金堂があります。金堂は1932年に再建されたものです。
梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル、入母屋造りです。
拝観料は200円ですが、1日フリー乗車券があるので160円でした。
金堂
金堂を左に進むと鳥居が見えました。
立派な木々に囲まれています
鳥居に奥には山王院があります。山王院は奥にある御社の拝殿として建立されました。両側面向拝付入母屋造で、桁行21.3メートル、梁間7.8メートルです。山王院とは地主の神を山王として礼拝する場所の意味であり、現在の建物は文禄3年(1594年)に再建されたものです。
山王院
奥には御社(みやしろ:重文)があります。社殿は文禄3年(1594年)の再建で、一宮は丹生明神、二宮は高野明神、三宮は総社として十二王子・百二十伴神がまつられています。 丹生、高野明神社の構造形式は春日造で、総社は三間社流見世棚造と呼ばれ、どちらも檜皮葺の屋根で仕上げられています。
御社
壁には美しい装飾があります。
御社の横には西塔(重文)があります。
お大師さま入定後の仁和2年(886年)に完成に至ったもので、大塔の本尊が胎蔵大日如来であるのに対し、金剛界大日如来と胎蔵界四仏が奉安されています。現在の塔は、天保5年(1834年)に再建された、擬宝珠(ぎぼし)高欄付多宝塔で、高さは27.27メートルです。
西塔
鐘楼には大銅鐘「高野四郎」が吊られています。「高野四郎」は元和4年(1618年)に福島正則が母の菩提を弔うために鋳造したものです。
鐘楼
西塔からみた境内
根本大塔は巨大な多宝塔で、1937年(昭和12年)空海入定1,100年を記念して再建したものです。内部正面の梁には昭和天皇宸筆の勅額「弘法」が掲げられています。中央に胎蔵大日如来像、その四方に金剛界四仏が安置されています。また塔内の柱などに描かれた仏画は堂本印象の筆です。内部の柱には十六大菩薩、壁面には真言八祖像が堂本印象によって描かれています。
拝観料は200円ですが、1日フリー乗車券があるのでこちらも160円でした。
根本大塔
とにかく巨大です。鉄筋コンクリート造なのが残念です。
不動堂(国宝)は建久8年(1197年)か建久9年(1198年)の建立です。当初は高野山内の五の室院谷(一心院谷)にあり、1908年(明治41年)に現在地に移築されました。桧皮葺、入母屋造の住宅風仏堂です。境内には多くの堂宇がありますが、一番目立たないかも。。。
不動堂
不動堂横の蓮池には朱の橋がかかっていて、島には小さな祠があります。
また東塔は、1984年に再建されたものです。壇上伽藍の多宝塔はデザインに統一性がないですね!
東塔
壇上伽藍の参拝を終え、蛇腹路(じゃばらみち)を通って金剛峯寺へ向かいます。
蛇腹路の両側の木々が新緑で綺麗です!
そして金剛峯寺に到着。さすがにココは観光客が凄いです。
1869年(明治2年)、豊臣秀吉ゆかりの寺院である青巖寺と興山寺 (廃寺)が合併され金剛峯寺と改称されました。特に青巖寺(剃髪寺)は秀吉が亡母の菩提のために建立されました。「金剛峯寺」の寺号は空海が名付けたもので、元来は高野山全体を指す名称であったが、明治期以降は、高野山真言宗の管長が住むこの総本山寺院のことを「金剛峯寺」と称しています。
境内図
正門は文禄2年(1593年)に再建されたものです。
正門
正門を入ると正面に主殿があります。江戸末期文久3年(1863年)に再建された、東西 54 m 南北 63 m の書院造建築です。
主殿
内部へは右側の小玄関から入ります。拝観料は500円ですが、1日フリー乗車券があるので400円でした。
内部は襖絵以外は撮影OKとのことでしたが、襖絵を写せないので殆ど部屋は写せません。
蟠龍庭
会下門
参拝を済ませ、お昼時になったので、近くの丸万さんで天ぷらそば(680円)をいただきました。
昼食後、奥之院へ向かいますが、金剛三昧院へ多宝塔(国宝)を見に行きましたが、参拝料がいる(以前は境内へ入るだけなら無料だったような)ので、パス!
金剛三昧院
以前も訪れたので、外から拝見。
多宝塔
そして奥之院入口にあたる一の橋に到着。
ここからは立派な木々に覆われて、ひんやりとした空気の中を進みます。
途中、有名な武将などのお墓や供養塔が無数にありますが、以前のブログで紹介したので今回はパス。
途中、松平秀康及び同母霊屋(重文)があります。
松平秀康及び同母霊屋
向かって右が越前松平家初代当主である松平秀康を祀る霊屋で、慶長12年(1607年)に二代当主忠直によって建立されました。左は秀康の母公の霊屋で、慶長9年(1604年)に秀康自身が建立しました。
そして最後の目的地、奥之院の御廟橋に到着。ここからは撮影禁止です。
燈篭堂で参拝させていただき、その後ろにある御廟でも参拝させていただきました。
御廟は空海が入定留身した地。檜皮葺三間四面宝形造の堂宇で、御廟は瑞垣に囲われています。御廟の裏側、北西の壁面の下部には直径約20㎝の穴が設けられていて、衆生救済のために、各地に顕現される空海の御霊の出入り口とされているそうです。
今回は大門から奥之院まで所々で拝観しながら散策することができ、充実した一日でした。


