2018年4月20日に参拝しました。
快晴のとても気持ちのいい暑いぐらいの日です。
嵐電 御室仁和寺駅 から程なく到着しました。
二王門
二王門(重文)は高さは18.7mで重層、入母屋造、本瓦葺。門正面の左右に阿吽の二王像、後面には唐獅子像を安置しています。平安時代の伝統を引く和様の門です。
二王門を入ると広大な境内の参道が続いています。
左手には
勅使門があります。大正2年の建築です。
参道を進むと
中門(重文)があります。
中門
伽藍中心部に向かう入口ともいえる門で、切妻造・本瓦葺・柱間三間の八脚門です。側面の妻部には二重虹梁蟇股が飾られています。また、向かって左側に西方天、右側に東方天を安置します。
西方天
東方天
中門を超えても、さらに参道が続きます。
そして正面に
金堂(国宝)が見えてきます。
金堂
仁和寺の本尊である阿弥陀三尊を安置する御堂で、慶長年間造営の御所
内裏紫宸殿を寛永年間(1624〜43)に移築したものです。現存する最古の紫宸殿であり、当時の宮殿建築を伝える建築物として、国宝に指定されています。堂内は四天王像や梵天像も安置され、壁面には浄土図や観音図などが極彩色で描かれます。
お寺のお堂にしては優雅な造りで、大好きな建物です。
金堂から西に向かうと
鐘楼(重文)があります。
鐘楼
入母屋造、本瓦葺。 「鐘楼」の「楼」とは元来二階建ての建物を指します。階上は朱塗で高欄を周囲に廻らせ、下部は袴腰式と呼ばれる袴のような板張りの覆いが特徴的です。
さらに西へ進むと
御影堂(重文)があります。
御影堂は弘法大師像、宇多法皇像、仁和寺第2世性信親王像を安置します。慶長年間造営の内裏 清涼殿の一部を賜り、寛永年間に再建されたもので、蔀戸の金具なども清涼殿のものを利用しています。約10m四方の小堂ですが、檜皮葺を用いた外観は、弘法大師が住まう落ち着いた仏堂といえます。
御影堂
檜皮葺は大好きです。見ていると落ち着きます。
次は東に向かいます。
途中、新緑が眩しく爽やかです。
境内の北東には
経蔵(重文)があります。
経蔵
寛永〜正保年間の建立で、宝形造、本瓦葺。正面に両開きの板唐戸、左右に花頭窓を付け、禅宗様で統一されます。 内部は釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩など六躯を安置し、壁面には八大菩薩や十六羅漢が描かれます。内部中央には八面体の回転式書架(輪蔵)を設け、各面に96箱、総計768の経箱が備えられており、その中には天海版の『一切経』が収められています。
南に進むと
九所明神(重文)があります。
九所明神
仁和寺の伽藍を守る社で、社殿は本殿・左殿・右殿の三棟あり、八幡三神を本殿に、東側の左殿には賀茂上下・日吉・武答・稲荷を、西側の右殿には松尾・平野・小日吉・木野嶋の計九座の明神を祀ります。九所明神の最古の記録は『御室相承記』に、建暦2年(1212年)に境内南にあったものを東に遷宮した事が書かれています。現在の建物は寛永年間に建立されたものです。
さらに南には
五重塔(重文)があります。
五重塔
寛永21年(1644年)建立で、塔身32.7m、総高36.18m。東寺の五重塔と同様に、上層から下層にかけて各層の幅にあまり差が見られない姿が特徴的です。初重西側には、大日如来を示す梵字の額が懸けられます。塔内部には大日如来、その周りに無量寿如来など四方仏が安置されます。中央に心柱、心柱を囲むように四本の天柱が塔を支え、その柱や壁面には真言八祖や仏をはじめ、菊花文様などが細部にまで描かれています。
中門を出て、次は
御殿を拝観します。
本坊 表門
御殿 入口
宸殿と南庭
宸殿は儀式や式典に使用される御殿の中心建物で、寛永年間に御所から下賜された
常御殿がその役割を果たしていましたが、明治20年(1887年)に焼失。現在は大正3年(1914年)竣工されたものです。御所の紫宸殿と同様に檜皮葺、入母屋造。内部は三室からなり、襖絵や壁などの絵は全て原在泉(1849〜1916)の手によるもので、四季の風物をはじめ、牡丹・雁などが見事に描かれています。
南庭
宸殿の北側には北庭が広がります。
北庭
宸殿内部
霊明殿
宸殿
北庭
参拝を終えて、次は平野神社へ向かいます。