2016/04/30

木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)

2016年4月30日 妙心寺に続いて参拝しました。

妙心寺か道に迷って遠回りしながら、結構歩いて辿り着きました。
三柱鳥居が隅っこにあるよう小さな神社を想像していたのですが、結構立派な神社です。



木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)は、式内社(名神大社)で、旧社格は郷社です。通称は「木嶋神社(このしまじんじゃ)」や「蚕の社(かいこのやしろ)」ともいわれ、古くから祈雨の神として信仰された神社です。境内には珍しい三柱鳥居があることで知られています。


境内は木々の緑が多く、綺麗に手入れされています。とても神聖な雰囲気です。

拝殿


木嶋社は、その存在が大宝元年(701年)の文献に記されており、京都市内でも最古の神社の1つに位置づけられています。元糺の池の存在から祈雨が行われた所とみられ、境内の蚕養神社の存在から秦氏と関係があったと見られるそうです。

拝所

社殿はいずれも明治以降に再興されたもので、本殿の東側には蚕養神社(こかいじんじゃ、東本殿)が鎮座していることから「蚕の社」と呼ばれています。



境内の北西隅には「元糺の池(もとただすのいけ)」と呼ばれる神泉があり、現在は涸れていますがかつては湧水が豊富であったそうです。伝承では木嶋社の社叢を「元糺の森」、神泉を「元糺の池」と称していて、下鴨神社の森が「糺の森」と呼ばれるようになる以前、元々は木嶋社の社叢が「糺の森」と呼ばれていたそうです。すごい!!!

元糺の池への鳥居

この元糺の池の中には三柱鳥居(みはしらとりい、三ツ鳥居/三面鳥居/三角鳥居)が建てられています。これは柱3本を三角形に組み、3方から中心の神座を拝することができる珍しい鳥居です。中央の神座は、円錐形に小石を積み、中心に御幣を立てて依代としたものです。

三柱鳥居

また境内には変わった稲荷社がありました。


Web上でも記事が見つけられませんでしたが、石と土で小山が造られ、そこに洞窟を作ってその中が社になっているように見えます。






とにかく珍しいもの?が沢山ある神社でした。何も調べずに行ってしまったので、再度参拝したいと思います。





妙心寺 <重要文化財> 2度目

2016年4月30日 2度目の参拝です。

今回は阪急西院からバスで来ました。4年ぶりです。
バス停近くで食事を済ませ、5分ほど歩いて南総門(重文)に到着しました。
今日は天気も気温も最高です。

南総門

妙心寺の伽藍は典型的な禅宗様式で、三門 仏殿 法堂 方丈が真っすぐに並んでいます。


まずは三門(重文)です。

三門

慶長4年(1599年)建立で、五間三戸の二重門です。上層には円通大士(観音)と十六羅漢像を安置されています。当日は上層の拝観ができましたが、以前拝観したのでパス。

三門の北には仏殿(重文)があります。

仏殿

文政10年(1827年)建立で、入母屋造、一重裳階付きです。


参拝させえていただきました

仏殿から境内北側

仏殿横にある井戸
石と木が組物の様に繋げられています

さらに北側には法堂(重文)があります。

法堂

明暦2年(1656年)建立で、入母屋造、一重裳階付きです。こちらも方丈、浴室と合わせて拝観できましたが、以前拝観したのでパス。

方丈唐門

大方丈

今回は特別拝観中の塔頭を拝観します。
妙心寺の境内は非常に広く、46の塔頭があり、一つの町の様になっています。

境内

その一つ、大法院を拝観します。拝観料 700円(お抹茶付き)

大法院

大法院は真田信繁(幸村)の兄で松代藩主であった真田信之の菩提寺として創建されました。当初は、妙心寺四派(龍泉派・東海派・霊雲派・聖澤派)のうち東海派に属しましたが、後に龍泉派となります。寺名は信之の法名「大法院殿徹岩一明大居士」に因みます。露地庭園が美しいことで有名です。

門の中は

門を入ると

客殿への途中、墓地への入口があり

入ると、美しい緑の世界

そして墓地には真田信之のお墓が(右)

そして松代藩士で兵学者の佐久間象山のお墓

そして客殿へ。

客殿のまわりを路地庭園が広がります





お抹茶をいただきながら、ゆっくりできました

次は大雄院へ向かうつもりで歩いていると、天球院が特別拝観していたので、つられて入ってしまいましたがこれが失敗。

天球院

寛永8年(1631年)、池田輝政の妹天球院のために、輝政の孫池田光政・光仲兄弟が創建しました。

方丈入口


狩野山楽・山雪らが描いた方丈障壁画(重文)が152面あり、その一部が公開されていましたが、絵の良さはイマイチ分からないだけでなく、方丈庭園も整備中?なのか全く見れなかったので、何のために入ったのやら。。。

裏の庭だけは見れた。。。

東海庵の立派な建物

結局、大雄院は節約してパス。でも広大な妙心寺の境内をゆっくり散策できて良かった!

この時点で既に3時前です。そもそも家を出たのが遅かったので、これから太秦に寄って帰ります。目的は三柱鳥居を見るためです。

今回の昼食は、妙心寺前バス停近くの「吉備」さんで カツ丼定食(800円)を食べました。ボリューム満点でした。






2016/04/09

神倉神社 <世界遺産>

2016年4月9日 熊野速玉大社から新宮城を登城して参拝しました。

今回の日帰り旅で一番来たかったのはココでした。
日帰りバスで来ていたら参拝できなかったので、車で来て本当に良かった!

山の中腹にあるので神倉神社(from Web)

写真の山(神倉山)の正面の岩を磐盾(いわたて)といい、神武天皇が天ノ磐盾を登ったとされています。
無料駐車場に止め、登山の開始です。



神倉神社は、熊野大神が熊野三山として祀られる以前に一番最初に降臨された聖地です。天ノ磐盾という峻崖の上にあり、熊野古道中の古道といわれる五百数十段の仰ぎ見るような自然石の石段を登りつめた所に御神体のゴトビキ岩があります。
熊野速玉大社は、まだ社殿がない原始信仰、自然信仰時代の神倉山から、初めて真新しい社殿を麓に建てて神々を祀ったことから、この神倉神社に対して「新宮社」と呼ばれています。


ここから険しい参道が始まる

この石段は538段あり、自然石(花崗岩)を組み合わせて築かれたものです。建久4年(1193年)に源頼朝が寄進したと伝えられています。


息を切らせながら二之鳥居に到着

神社の境内とは思えない光景

そしてコトビキ岩の下へ

凄い所に社殿が建っています

圧倒されながら参拝

そして眼下には街並みと海が見えます

上の写真の右がコトビキ岩ですが、岩の右側に拝礼所の様な場所があります。余りに清浄な雰囲気なので写真を撮れませんでした。ここでは自然と手を合わせてしまいました。非常に不思議な場所です。


そして帰路へ

急な石段を落ちないように注意しながら

一之鳥居が見えてきました

やはりココが聖地度最高でした。ここはまた来たいです。

折角勝浦に来たのだから「第二弾」。温泉に入らないと。。。
偶然、来る直前に勝浦がテレビで放送されていて、地元の方が「なぎさやがいい」と言っていたので、そのホテルなぎさやへ行きました。下の写真の様に、素晴らしいロケーションの露天風呂でゆっくり癒すことができました。
今から3時間半かけて大阪に帰らないといけないし。。。

ホテルなぎさやの露天風呂

途中で夕食を食べなければならないのですが、国道を走っているのも関わらず食事処が全くなく、和歌山ラーメンの店をやっとこ見つけて入りました。とんこつしょうゆラーメン(750円)。味はまぁまぁかな。。。




そして21時半ごろ、堺市JR鳳駅に到着しました。