2014/10/25

霊山寺 <国宝>

2014年10月25日 参拝しました。

今回は、年老いた両親が西国四十九薬師霊場巡りをしているので、奈良の霊山寺に来ました。
10月末だというのに、25℃程もある暑い日でした。天気は薄曇りです。
今回は車です。寺前に無料の駐車場がありました。

霊山寺(りょうせんじ)は霊山寺真言宗大本山の寺院で、山号は登美山(とみさん)または鼻高山(びこうさん)、開基は行基と菩提僊那、本尊は薬師如来です。
案内者で拝観料800円(通常は600円だが当日は本尊の御開帳があったため)を支払い中へ。
正面に赤い大鳥居があり、非常に違和感があります。


境内案内図

鳥居をくぐると、緑に覆われた緩やかな上り坂です。

境内

この階段を登れば目指す国宝が!

本堂(国宝)は、入母屋造、本瓦葺き。棟札により弘安6年(1283年)の建築で、鎌倉時代和様仏堂の代表作です。堂内の厨子も堂と同時期の作で、厨子内には秘仏本尊の薬師三尊像(重文)が安置されており、今日は特別拝観になっていました。

本堂

両親を気にしながらの拝観で、ゆっくり拝観&撮影できませんでした。
本堂の正面には鐘楼(重文)があり、本堂と同時期の建築のようです。朱塗りで袴が黒の美しい鐘楼です。

鐘楼

他には三重塔(重文)があったのですが、母親がこれ以上無理ということで諦めました。

帰り道にお寺に不似合いな洋風のバラ園があったので立ち寄りました。満開の時期は過ぎていましたが、いくつか綺麗な花が残っていました。




ここの境内には日帰り温泉やゴルフ練習場があるというふざけたお寺です。本堂をもったゆっくり拝観したい気持ちはありますが、もう来ないと思います。





2014/10/18

北野天満宮 <国宝>

2014年10月18日 鹿苑寺の拝観後に参拝しました。

鹿苑寺からは徒歩で行きます。途中にある御土居を見るためです。御土居とは、豊臣秀吉が京の街を外敵の来襲や鴨川の氾濫から守るために天正19年(1591)に築いた堤防(土塁)のことです。しかしほとんどが江戸時代に取り壊され、残っているのは下の案内の部分だけです。

(北野天満宮境内の案内板)

途中、平野の御土居がありました。現在は芝生に覆われた小高い丘の様になっています。

平野の御土居

平野のお地蔵様

平野の御土居から少し歩くと、北野天満宮の北門に到着しました。

北門

今回は裏から入ってしまいました。折角なので、参拝は正面からと思い三光門(中門:重文)まで回ってきました。
後西天皇御宸筆『天満宮』の勅額を掲げてあります。 豊富な彫刻の中に日月星があることから三光門の名で呼ばれています。

三光門


三光門を入ると、正面に拝殿(国宝)が見えます。回廊で囲まれており、多くの受験生がお参りをしています。


拝殿

本殿、石の間、拝殿、楽の間(合1棟)は慶長12年(1607年)の建立です。入母屋造の本殿と、同じく入母屋造の拝殿の間を「石の間」で接続して1棟とする権現造の社殿です。当社の場合は拝殿の左右に「楽の間」が接続して複雑な屋根構成となっています。屋根はすべて檜皮葺きで、本殿、石の間、拝殿、楽の間を合わせて1棟としなっています。
拝殿正面の軒下には美しい彫刻で飾られています。


拝殿後方には本殿(国宝)が繋がっています。

本殿

参拝後、北野天満宮の御土居を見に行きました。青紅葉に覆われていて、紅葉になれば相当綺麗になるでしょうね!



御土居を出てくると、楼門に出てきました。こちらも立派な門です。

楼門

ここまで来てコーヒーが飲みたくなってきました。北野天満宮の周辺で京都らしいカフェを探しましたが見当たらず、蔵造りの食事処にコーヒーがあったので諦めて入りましたが、JAZZが流れていて中々の雰囲気!ただコーヒーはちと薄かった。。。

一服後、バスで出町柳へ帰りました。




鹿苑寺 <世界遺産> 2度目

2014年10月18日 平等院に続いて参拝しました。

平等院を拝観後、京阪宇治駅から宇治線に乗り、途中 中書島駅 の構内で立ち食いそばを食べて出町柳駅に到着。そこから市バスで千本北大路まで行き徒歩10分程で鹿苑寺(金閣寺)に到着しました。
さすがに日本を代表する観光地だけに、いつ来ても観光客で一杯。特に外国人が目立ちます。
緑に覆われた気持ちのいい参道の先に総門があり、

総門

総門を入ると右側に庫裏があります。庫裏と方丈内部が見学できましたが、そこだけで1000円は高すぎる。やめました。

庫裏

庭園の拝観料(400円)を支払い、唐門から中へ入ります。


右に曲がると舎利殿(金閣)が見えます。現在の舎利殿は昭和30年に再建されたもので文化財指定はありませんが、やはり絶対的な存在感で、ここまでくると文化財かどうかなどどうでもよくなります。

舎利殿


金閣の屋根は宝形造、杮(こけら)葺きで、屋頂に銅製鳳凰が置かれています。3階建てですが、初層と二層の間には屋根の出を作らないため、形式的には「二重三階」となります。初層と二層の平面は同形同大で、正面5間、側面4間となっており、三層は方3間です。
初層は「法水院」と称し、正面の一間通りを吹き放しの広縁とし、その奥は正面5間、側面3間の1室になっています。西寄り3間の部分は、奥に須弥壇を設け、壇上中央に宝冠釈迦如来坐像、向かって左に法体の足利義満坐像が安置されています。床は板敷、天井は鏡天井です。
二層は「潮音洞」と称し、四周に縁と高欄をめぐらし、外面と高欄が全面金箔張りになっています。西側は正面の間口3間、奥行1間分を吹き放しの広縁とし、その奥に位置する方3間を仏間となっています。東側は正面2間、側面4間の1室とし、仏間との間は遣戸で仕切られます。仏間内部は、須弥壇上に観音菩薩坐像(岩屋観音)が安置されています。壁と床面は黒漆塗とし、天井には飛天像が描かれています。広縁は床を黒漆塗とし、天井には鳳凰が描かれています。
三層は「究竟頂」(くっきょうちょう)と称され、方3間の1室で、仏舎利が安置されています。
初層が蔀戸を用いた寝殿造風、二層が舞良戸、格子窓、長押を用いた和様仏堂風であるのに対し、三層は桟唐戸、花頭窓を用いた禅宗様仏堂風となっています。


鏡湖池(きょうこち)

後ろには、拝観を諦めた方丈があり、襖絵などが小さく見えます。

方丈

段々近づいてきました。


池の水に太陽光が反射して壁に当たり、金色が輝いています。


回遊式庭園内には、他にも建物や泉などがありますが、特記するものが無いので割愛します。
金閣には感動しましたが、ここも宗教的な雰囲気は一切なく、完全な観光地です。今日、美しい舎利殿が見れたので、もういいかな。。。

今日は本当にいい天気で、木漏れ日が綺麗です。


鹿苑寺を後にし、次は徒歩で北野天満宮へ向かいます。




平等院 <世界遺産 国宝> 2度目

2014年10月18日に参拝しました。

今日は、JR奈良経由で宇治に到着しました。
今回は鳳凰堂の修理が完了したので、写真に人物を写したくなかったので、開門の8時半に入門しました。(拝観料:600円)

表門

既に予想以上の観光客がいて、団体もいます。思い通りの写真が撮れるかなぁ。。。

境内図

とにかく鳳凰堂(国宝)の正面へ急げーーー!
いやぁー美しい!!!3年前の春に訪れた時は黒っぽい色をしていましたが、創建当時の色に蘇っています。何とか人物が入らないよう撮影することができました。

鳳凰堂

正式には阿弥陀堂で、中堂には本尊の阿弥陀如来像(国宝)が安置されています。建物自体が鳳凰が翼を広げた姿になっています。また大棟の南北両端に1対の鳳凰が据えられていことから鳳凰堂と呼ばれています。

中堂大棟

中堂正面入口から阿弥陀如来が拝めます

右へ回ると、



左へ回ると、



鳳凰堂前は浄土式庭園の阿字池になっています。


境内には他にも貴重な建造物があります。観音堂(重文)鎌倉時代初期の建築です。


塔頭である浄土院には本堂の他に

本堂

養林庵書院(重文)があり、慶長6年(1601年)に伏見城から移築された建物です。

養林庵書院

また旧南門も伏見城から移築されたものです。

旧南門

境内には鳳翔館という博物館があり、平等院の貴重な文化財が展示されていますが、この中にあった木造雲中供養菩薩像(国宝)に感動しました。鳳凰堂中堂の長押上の壁を飾る浮き彫りの菩薩像で、阿弥陀如来と共に来迎する菩薩像を表したものとみられています。




52躯が現存し、各像のポーズは変化に富み、琴、琵琶、縦笛、横笛、笙、太鼓、鼓、鉦鼓などの楽器を奏する像が27体あり、他には合掌するもの、幡や蓮華などを持つもの、立って舞う姿のものなどがある。菩薩形の像が主だが、僧形の像も5体あります。非常に精巧に造られていて、表情や仕草に愛嬌があり、仏像には興味が無い私が感動しました。


平等院は宗教的な雰囲気が殆どしない境内全体が博物館の様な場所です。厳かな気持ちにはなれませんが、建物を見たいだけの私には居心地の良い空間です。

鳳凰堂が名残惜しいですが、平等院を後にして、周辺を散策しました。
縣神社に参拝し、宇治橋の手前で紫式部さんを見かけました。宇治は源氏物語の舞台ですね。


この日は宇治で何やらイベントがあるようです。今から人が増えそうなので、茶団子(撮影忘れた)を食べ、京阪宇治駅から金閣寺を目指します。