仁和寺から東に歩き、等持院に立ち寄りましたが建物が修復中だったのでパスし、立命館大学の構内を通らせていただき到着しました。
中門は社記によると承応2年(1653年)頃の造営で、桁行四間・梁行一間、唐破風造で、屋根は檜皮葺。唐薬医門の後方に後世の改造で柱間三間分が追加されています。この中門の左右には回廊が接続されています。
中門
拝殿は、社記によると江戸時代前期の慶安3年(1650年)に東福門院(徳川和子)によって寄進されたものといい、「接木の拝殿」の呼称で知られています。桁行二間・梁行一間、入母屋造で、屋根は檜皮葺。四方を吹き放す舞殿形式です。拝殿内部に飾られた「三十六歌仙絵」は平松時量の寄進で、寛文年間(1661年-1672年)関白近衛基煕の書、海北友雪の画だそうです。
幣殿
本殿(重文)は4殿2棟からなり、江戸時代前期の寛永年間(1624年-1644年)の西洞院時慶による再建です。うち第一・第二殿は寛永3年(1626年)の造営で、第三・第四殿は寛永9年(1632年)の造営。春日造檜皮葺の4殿はいずれも東面し、それぞれ今木神(第一殿)、久度神(第二殿)、古開神(第三殿)、比売神(第四殿)が祀られています。第一殿と第二殿、第三殿と第四殿はそれぞれ空殿を挟んで連結する形式を採っており、この平野神社独特の形式は「比翼春日造(ひよくかすがづくり)」、または社名から「平野造(ひらのづくり)」と呼ばれています。
次は千本釈迦堂へ向かいます。
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