今回は悪友2人と一緒に行きました。
出町柳からバスで大原まで約30分です。
まずは大原といえば三千院です。
有名なショット
三千院境内図
まるでお城のような石垣を右にして進むと、これまた城門のような立派な御殿門があり、ここから入ります。
御殿門
三千院は天台宗の寺院で三千院門跡とも言われています。山号は魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄です。青蓮院、妙法院とともに天台宗の三門跡寺院の1つに数えられています。
三千院は8世紀、最澄の時代に比叡山に建立された円融房が起源で、のちに比叡山東麓の坂本に移され、たび重なる移転の後、1871年(明治4年)に現在地に移ったそうです。「三千院」あるいは「三千院門跡」という寺名は1871年以降使われるようになったもので、それ以前は「梶井門跡」「梶井御所」「梶井宮」などと呼ばれていましたが、「円融房」が正式の寺名だったようです。
御殿門の正面に客殿があります。慶長年間(17世紀初)に建て替えられた旧御所の旧材を用いて建てられたものです。が、ここから入るのでありません。後で内部は拝観できます。
客殿
入り口は御殿門を入って左にあります。
客殿には聚碧園と呼ばれる池泉式庭園があります。が、冬の季節はちょっと枯れた感じです。
聚碧園にあった手水鉢
次に宸殿です。大正15年(1926)、宮中の行事であった御懺法講の儀式を行うために造られたもので、御所の紫宸殿を模した造りになっています。かつて三千院の門主が導師を勤めた縁から、今は三千院に受け継がれています。中の間には本尊の秘仏薬師如来像、西の間には木造救世観音半跏像(重文)、木造不動明王立像(重文)などが安置されています。
宸殿では、たまたま節分の日だったので、おさがりの福豆をいただきました。ありがたや。
宸殿前には有清園という池泉式回遊庭園があり、その向こうに往生極楽院(重文)が見えます。
有清園と往生極楽院
宸殿から有清園におりて往生極楽院へ向かいます。周りの木々は枯れた感じですが、苔は美しい緑を保っています。
往生極楽院
間口3間、奥行4間、入母屋造、杮(こけら)葺き、妻入でこじんまりしていますが、歴史が感じられるいいお堂です。内部は船底天井になっていて、中尊の像高2.3メートルの阿弥陀三尊像(国宝)が堂内の空間一杯に安置されています。平安時代末期の12世紀創建ですが、江戸時代の1616年(元和2年)に大幅な修理を受けていて、建物の外回りはほとんど江戸時代のものに変わってしまっているそうです。
阿弥陀三尊像(国宝)
堂外から撮影しました
堂内ではお坊さんが楽しい解説をされていました。残念ながら途中からしか聞けませんでしたが。。。しかし節分だったので、豆まきをされました。1分ほどでしたが。。。
往生極楽院の正面には朱雀門があります。こちらは往生極楽院の正門だそうです。
朱雀門
庭園内のわらべ地蔵
往生極楽院 正面
往生極楽院前の美しい苔の庭
往生極楽院から北の方に金色不動堂があり、その前でまたまた節分なのでぜんざいの振る舞いがありました。何てラッキーな!寒かったのであったまりました。
おいしかったぁ~
三千院を後にして、次は宝泉院へ向かいます。
途中、勝林院(しょうりんいん)があります。法然上人が「大原問答」を行ったところで、本堂は非常に立派です。
勝林院 本堂
勝林院の前には「法然上人腰掛石」がありました。ほんまかなぁ?
法然上人腰掛石
勝林院から数分で宝泉院に到着。
宝泉院 玄関
宝泉院は天台宗の寺院で、盤桓園(立ち去りがたいという意味、額縁庭園とも言う)という庭園が有名です。盤桓園には樹齢300年の沙羅双樹の木が茂り、樹齢700年の「五葉の松」は圧倒されます。座敷に通され、抹茶と茶菓子がいただけます。額縁庭園を眺めながらの抹茶は「京都へ来たー」という気分に浸れます。
盤桓園
宝泉院で見たかったもう一つが「血天井」です。関ヶ原の戦いの前哨戦となった伏見城の戦いの際に、徳川家臣鳥居元忠以下数百名が自刃した伏見城の床板が、その霊を供養するため天井板として使われています。私は養源院の血天井を知っているだけに、ちょっと。。。でしたが。
血天井(わかりにくいですが)
お抹茶と茶菓子
宝泉院を出てちょうどお腹がすいたので昼食にしました。三千院門前の京美茶屋で湯葉そば定食(1080円)をいただきました。
湯葉そば定食
昼食後、隣の土産物屋でしば漬けを買って、次は来迎院へ向かいます。
途中、往生極楽院の朱雀門がありました。色は違いますがやはり城郭の搦手門の様です。
朱雀門の外側
小さな石像があったので、門をバックに一枚。
予想外に遠かったですが来迎院に到着しました。
山門
来迎院(らいごういん)は天台宗の寺院で、山号は魚山。本尊は薬師如来です。
平安時代前期に円仁が天台声明の道場として創建したと伝わります。天仁2年(1109年)融通念仏の祖とされる良忍がこの寺に入寺して再興されました。
境内は静かです。本堂は天文2年間(1532年)に再建されたものです。
本堂
境内の奥の御廟には三重石塔(重文)が建てられています。
三重石塔
来迎院を出てちょっと足をのばして寂光院へも立ち寄りました。
寂光院(じゃっこういん)は天台宗の寺院で、山号を清香山と称し、寺号は玉泉寺です。本尊は地蔵菩薩、開基は聖徳太子と伝わります。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後隠棲した所として有名で、『平家物語』ゆかりの寺として知られています。
本堂は淀殿の命で片桐且元が慶長年間(1596年-1615年)再興したものでしたが、平成12年(2000年)5月9日の放火で焼失しました。この際、本尊の地蔵菩薩立像(重文)も焼損してしまいました。現在の本堂は平成17年(2005年)6月再建されたもので、残念ながら風情はありません。
寂光院を出て出町柳へ帰ってきました。まだ時間が早かったので賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ:下賀茂神社)に参拝して帰りました。
境内にある河合神社
賀茂御祖神社 楼門
0 件のコメント:
コメントを投稿