2022年6月19日 建仁寺 両足院に続いて参拝しました。
茶室 遺芳庵
遺芳庵は方丈の背後にある田舎屋風の茶室で、近世初期の商人で趣味人であった灰屋紹益が夫人の吉野太夫を偲んで建てたものだそうです。一畳台目の小規模な茶席で、炉は逆勝手向切りとなっています。吉野窓と称する、壁一杯に開けられた丸窓が特色です。京都市上京区にあった紹益の旧邸跡から1908年(明治41年)に移築したものです。
観月台
観月台(重文)は、慶長年間(1596年 - 1615年)に高台院により伏見城から移築されたもの。豊臣秀吉遺愛の建物だそうです。解体された北書院と開山堂を結ぶ屋根つきの楼船廊の途中にある小規模な建築で、偃月池に掛かっています。ここから高台院は亡き秀吉を偲びながら月を眺めたそうです。
開山堂と観月台
開山堂(重文)は、慶長10年(1605年)に高台院により建立されました。寛永2年(1625年)に増築。庭園内に建つ入母屋造本瓦葺きの禅宗様の仏堂で、元来、高台院の持仏堂だったもので、その後、中興開山の三江紹益の木像を祀る堂となりました。堂内は中央奥に三江紹益像、向かって右に高台院の兄・木下家定とその妻・雲照院の像、左に高台寺の普請に尽力した堀直政の像を安置している。この堂の天井は豊臣秀吉の御座舟の天井と、高台院の御所車の天井を用いたものだそうです。天井画の「龍図」は狩野山楽の作です。
開山堂
臥龍廊
臥龍廊(がりょうろう)は、開山堂と霊屋(おたまや)を結ぶ屋根付きの階段で、臥龍池に掛かります。龍の背に似ているところからこの名が付けられました。
臥龍廊
臥龍廊
茶室 傘亭
茶室「傘亭」(重文)は、正式には安閑窟といいます。慶長年間(1596年 - 1615年)に高台院により伏見城から移築されたものとされ、千利休好み(=「利休作」の意)の茶室と伝わります。境内東奥の小高い場所にあり、宝形造茅葺きの素朴な建物で、内部の天井が竹で組まれ、その形が唐傘に似ているところから傘亭と名づけられました。
茶室 時雨亭
茶室「時雨亭」(重文)は、傘亭同様慶長年間(1596年 - 1615年)に高台院により伏見城から移築されたものとされ、これも千利休好みと伝える。傘亭の南隣にあり、傘亭とは土間廊下で繋がれている。珍しい2階建ての茶室で、2階南側の上段の間は柱間に壁や建具を設けない吹き放しとなっています。高台院は慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の際、2階から燃え落ちる大坂城の天守を見つめていたといわれています。
土間廊下
美しい竹林
青紅葉