2025/09/30

富士山本宮浅間大社<世界遺産 重文>

 2025年9月30日  所沢へ行く途中、参拝させていただきました。
 2025年12月19日 (写真は両日が混ざっています)

9月30日は曇りがちで富士山は見えず、12月19日は晴れて富士山は山頂付近以外は見えていました。

駐車場に車を停めて、早速参拝に向かいます。

一之鳥居

富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)は、静岡県富士宮市にある神社で、式内社(名神大社)、駿河国一宮です。旧社格は官幣大社で、神社本庁の別表神社です。社家は富士氏。浅間神社の総本社です。

本宮は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして「富士山本宮浅間大社」の名称で、また、富士山頂の奥宮および末社の久須志神社が「富士山域」の一部である「山頂の信仰遺跡群」の一部として世界文化遺産に登録されている。

残念ながら富士山の山頂部分に雲が。。。

二之鳥居


石鳥居

楼門は、間口4間,奥行2間半,高さ6間半2階入母屋造で、正面・左右脇に扉が付きます。楼門の左右には随身が安置してあり背銘に慶長19年(1614)の年号があります。楼門に掲げる扁額は聖護院入道盈仁親王の御筆で文政2年に制作されたものです。

楼門

楼門は、間口4間、奥行2間半、高さ6間半2階入母屋造で、正面・左右脇に扉が付きます。楼門の左右には随身が安置してあり背銘に慶長19年(1614)の年号があります。楼門に掲げる扁額は聖護院入道盈仁親王の御筆で文政2年に制作されたものです。


幣殿・拝殿は徳川家康公の寄造営によるもので、屋根は檜皮葺、外側・内側は丹塗となっていますが、極彩色は蟇股・虹梁彫刻などにとどまります。幣殿は、本殿と拝殿をつなぐ「作合」と呼ばれた部分で、間口5間・奥行3間の両下造、北面には本殿の屋根の端が露出しています。元は石畳でしたが、現在は床に改められています。拝殿は、間口5間、奥行5間で、床が幣殿より2段高くなっています。正面が入母屋造、背面が切妻造で、正面に向拝が1間出ています。正面に扉があり、左右は蔀戸によって区切られています。正面左右には濡縁を巡らせてあります。

拝殿



本殿(重文)も、慶長9年(1604)徳川家康が奉賽のために造営したもので、壮観を極めたものでしたが、寛永安政等の大地震で破壊したものもあり、当時の建物で現存するのは本殿・幣殿・拝殿・楼門のみです。

本殿


二重の楼閣造で棟高45尺、浅間造りと称し其の構造は他に例がありません。1階は5間4面葺卸の宝殿造り、2階は間口3間奥行2間の流れ造りで共に桧皮葺です。




東脇門

拝殿の右側の東脇門を出ると湧玉池があります。 平安朝の歌人平兼盛が「つかうべきかずにをとらん浅間なる御手洗川のそこにわく玉」と詠じました。この池は富士山の雪解け水が何層にもなった溶岩の間を通り湧出するもので、特別天然記念物に指定されています。 清水の湧出する水源の岩上には朱塗優雅な水屋神社があります。富士山登山者はこの霊水に禊ぎをして登山する古くからの習わしがあります。


信じられないぐらい澄んでいます

水屋神社


湧玉池

東鳥居


富士山

神田川と富士山





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