2024/09/07

明通寺<国宝>

 2024年9月7日 本日1寺目の参拝です。

若狭彦神社から10分ほどで到着しました。
久々の国宝建造物巡りです(笑)


山門は江戸時代の明和9年(1772年)再建で、瓦葺、三間、二重門です。
安置されている金剛力士像は阿吽二躯、鎌倉時代文永元年(1264年)造立です。

山門

鐘楼

上り坂の参道




階段を登ると、本堂(国宝)と三重塔(国宝)が目の前に現れます。

三重塔(左)と本堂(右)

 本堂(国宝)は、正嘉2(1258)年上棟、文永2(1265)年落成です。石垣の基壇上に建つ入母屋造、檜皮葺きの建物で、平面は桁行(間口)5間(14.72m)、梁間(奥行)6間(14.87m)です。屋根や隅軒の悠然とした勾配は鎌倉時代の特色を示します。正面側を全て蔀戸(しとみど)とした住宅風の外観をもっています。和様を基調としつつ、内部の構架には禅宗様の要素も取り入れています。堂内は内部空間を内陣と外陣(礼堂)に明確に区画する中世仏堂特有の構成で、寛政11(1799)年に内陣を拡張したとの記録があります。大正12年(1923年)に解体修理。昭和28年(1953年)、国宝に指定されています。
 堂内は前方の梁間3間分を外陣、後方の梁間3間分を内陣とし、両者の間は格子戸を立てて結界しています。外陣は入側(建物外周から1間内側)にも1間ごとに柱が立ち、入側柱で囲まれた内側の部分は、その外側の部分よりも床高を一段高めています。内陣は左右両側を格子戸で仕切って脇陣としています。
堂内は、住職?が説明してくださいます。

本堂

三重塔(国宝)は、文永7(1270)年上棟。総高22.12m。和様を基調としているが、初層に拳鼻(こぶしばな、部材の末端部に拳状の装飾彫刻を施したもの)を用いる点に大仏様(だいぶつよう)の要素が現れており、塔に拳鼻を用いた最古例とされています。初層内部は四天柱(仏壇を囲む4本の柱)が立ち、釈迦三尊像と阿弥陀三尊像を安置して仏堂風の扱いとしています(心柱は初層天井裏から立つ)。柱や壁には十二天などの絵画を描くが、建立当初のものではないそうです。天文8(1539)年と元禄15(1702)年に、それぞれ修理が行われた。明治27年(1894年)以降、屋根は瓦葺となっていたが、昭和32年(1957年)の修理の際、桧皮葺に戻されています。昭和28年(1953年)、本堂とともに国宝指定されました。

三重塔









客殿前庭

参拝後、気比神宮へ向かう途中の道の駅 若狭美浜はまびよりで昼食をとりました。
メシヤハマビでいただいたブリの藁焼き定食(\1760)が美味しすぎて感動しました。


食後、1階のカフェでコーヒーを飲んで一服し、気比神宮へ到着しましたが、駐車場が満車で停められなかったのと、何より観光客が多すぎて、参拝する気が失せてしまいました。
北陸新幹線が敦賀まで延長したからだと思いますが、一段落してから再度訪れます。

ですので、その次の目的地 坂田神明宮へ向かいました。








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