2016/06/18

曼殊院門跡 <重要文化財> 2度目

2016年6月18日 崇道神社の後で拝観しました。

崇道神社を出て高野川を渡ります。ここから2.4km歩いて曼殊院門跡を目指します。

高野川 奥は比叡山?

途中、予想外の峠越えがあり、45分かかって曼殊院門跡に到着しました。

北通用門


延暦年間(728~806)、宗祖伝教大師最澄により、鎮護国家の道場として比叡の地に創建されたのが曼殊院のはじまりです。
その後、天暦年間(947~957)是算国師のとき比叡山西塔北渓に移り、「東尾坊」と号しました。また、この国師が菅原家の出生であったことから、北野天満宮が造営されると初代別当職に補され、以後明治維新まで北野別当職を歴任することになります。そこで寺では是算国師を曼殊院初代としています。
天仁年間(1108~10)、八代忠尋大僧正が寺号を「曼殊院」と改め、北山に別院を建立されました。そして明暦二年(1656)に二十九代良尚親王が入寺され、現在の地に堂宇を造営したのが今日の曼殊院になります。

庫裏 玄関


大書院の中から

大書院(重文)は明暦2年(1656年)の建築で、仏間に本尊阿弥陀如来立像を安置することから「本堂」とも呼ばれています。寄棟造、杮(こけら)葺きの住宅風建物です。

大書院

大書院前庭園

小書院(重文)は大書院と同時期の建築で寄棟造、杮(こけら)葺きです。間取りは東南側に八畳の「富士の間」、その北に主要室である「黄昏(たそがれ)の間」があります。黄昏の間の床脇の棚は多種類の木材を組み合わせたもので「曼殊院棚」と呼ばれています。

小書院
露出設定ミスです。。。


右が大書院




庭園を堪能して今日の予定は終了です。
ここから修学院駅まで歩きます。帰りは来た時に通らなかった勅使門前を通って行きます。

塀の五本線は格式の高さを表す

勅使門(大広間の屋根が見えます)

勅使門の前からの参道は長い下り坂です。木々の緑が綺麗で気持ちがいいです。


暫く歩くと鷺森神社(さぎもりじんじゃ)を示す石碑があります。最初に曼殊院へ来た時とは逆方向に歩いています。


この細い民家前の道を下ると、鷺森神社へ入る細い抜け道です。


しかし境内に入ると、この道が正面になります。これは舞殿かな?


そして後ろに拝殿があります。立派です。

拝殿

舞殿?

舞殿の奥には通ってきた道が

参道の先に一之鳥居

ここから修学院駅までなだらかな下り坂が続きました。
疲れた。。。。。

本日の総歩行距離:8.5km以上








0 件のコメント:

コメントを投稿