今回は自動車で来ました。6月ですが気温が32℃まで上がり、とても暑い日です。
金曜日ということもあり、境内はとても空いています。
総門
境内図
三宝院の受付で拝観券(醍醐寺伽藍+三宝院+霊宝館 800円)を購入し、西大門(仁王門)へ向かいました。
桜馬場
西大門
西大門(重文)は豊臣秀頼が金堂の再建の後、慶長10年(1605)に再建したもので、安置されている仁王像(重文)は元は南大門に祀られていた尊像で、平安後期の長承3年(1134)に仏師勢増・仁増によって造立されたものです。
仁王像(左)
西大門内部側(青紅葉が美しい)
境内を進むと清瀧宮があり本殿は重文です。
醍醐寺の総鎮守清瀧権現(せいりゅうごんげん)を祀る鎮守社で、永長2年(1097)、最初に建立された上醍醐より分身を移し祀られました。その後、この社殿の前で清瀧会(桜会)が行われるようになりましたが、文明の兵火により焼失。現在の社殿は永正14年(1517)に再建されたものです。ひっそり佇みいい感じです。
(清瀧宮拝殿は作業中だったので撮影せず)
清瀧宮本殿
そして金堂(国宝)へ。だれもいない本堂を初めて撮影できました。
醍醐天皇の御願により延長4年(926)に創建された建物で、当時は釈迦堂といわれていましたが、永仁、文明年間に二度焼失しました。現在の金堂は豊臣秀吉の命によって紀州湯浅から移築が計画され、秀頼の時代の慶長5年(1600)に完成しました。この金堂が醍醐寺の中心のお堂であり、安置されている薬師如来坐像が醍醐寺の本尊です。
金堂
金堂の南には五重塔(国宝)があります。醍醐天皇のご冥福を祈るために、第一皇子・朱雀天皇が承平6年(936)に着工し、第二皇子・村上天皇の天暦5年(951)に完成しました。初層の内部には両界曼荼羅や真言八祖が描かれており、日本密教絵画の源流をなすものといわれています。高さは約38メートルで屋根の上の相輪は約13メートルあり、相輪が塔の三分の一を占め、安定感を与えています。京都府下で最も古い木造建築物となっています。
五重塔
祖師堂は緑が綺麗だったので撮影しました。慶長10年(1605)9月座主義演准后(ぎえんじゅごう)により建立されたもので、真言宗を開いた弘法大師・空海と、その孫弟子で醍醐寺を開創した理源大師・聖宝とが祀られています。
さらに進むと日月門があります。こちらも緑に覆われて美しい!
日月門
さらに進むと弁天堂があります。ここは池と合わせて絵になります!
弁天堂
観音堂では、西國第十一番札所の御朱印をいただきました。
御朱印
のんびり西大門まで戻って、暑いので霊宝館へ入りました(失礼!)
立派な建物で、周りも綺麗に手入れされていて、とても気持ちのいい空間です。
霊宝館
壁の桐紋
内部には国宝の書状などが多数展示されていて、勉強になりました。
霊宝館前
最後に三宝院を拝観します。まずは桜馬場に面して唐門(国宝)があります。三宝院の勅使門です。
唐門
三宝院は永久3年(1115)、醍醐寺第14世座主・勝覚僧正により創建されました。醍醐寺の本坊的な存在であり、歴代座主が居住する坊です。現在の三宝院は、その建造物の大半が重文に指定されており、中でも庭園全体を見渡せる表書院は寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建造物であり、国宝に指定されています。
玄関(重文)
唐門 (内側)
三宝院で拝観できる場所でのメインは庭園です。慶長3年(1598)、豊臣秀吉が「醍醐の花見」に際して自ら基本設計をした庭であり、今も桃山時代の華やかな雰囲気を伝えています。
特別名勝・特別史跡 三宝院庭園
中央奥にあるのが藤戸石
藤戸石は聚楽第から運ばれた由緒のあるもので阿弥陀三尊を表しています。歴代の武将に引き継がれたことから「天下の名石」といわれています。
賀茂の三石
池の手前に三つの珍しい形の石があります。向かって左の石は、賀茂川の「流れの速いさま」を、中の石は「川の淀んだ状態」を、右の石は「川の水が割れて砕け散る様子」を表しています。
参拝後は醍醐寺を後にし、昼食を食べに円山公園へ。
今回の昼食は、ちょっと贅沢して鳥久です。こちらで八坂御膳(湯豆腐 3000円)をいただきました。見た目も味も大満足でした。
八坂御膳
お部屋の窓から水を飲みに来た猫が。。。
昼食後は八坂神社に参拝して帰りました。
本殿(国宝)

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