非常に蒸し暑く、時々空がゴロゴロといっています。
本来なら麓から階段を登って参拝したかったのですが、今回は階段が嫌いな人と一緒だったので、仕方なくロープウェイを使いました。(往復 1100円)
日本平ロープウェイ
久能山駅の手前に久能山城の石垣が残っています
境内図
ロープウェイを降りて社務所で参拝料を支払うと、正面に楼門(重文)が見えます。
楼門
軒下中央に第108代後水尾天皇の宸筆「東照大権現」の扁額が掲げてある為、勅額御門とも言われています。 中央の蟇股(かえるまた)に獏(ばく)の彫刻があり、表側左右の格子戸内に随身、裏側左右の金剛柵内に狛犬が据えられています。
後水尾天皇の宸筆「東照大権現」
楼門を超えると、更に高台に唐門が見えます。
右側には鼓楼(重文)があります。創建当時は鐘楼でしたが、明治時代の神仏分離の際、鐘を太鼓 に替えて今の名称に改められました。 太鼓は明治6年旧幕臣小島勝直が江戸城にあったものを奉納したと伝えられています。
鼓楼
唐門(重文)は拝殿正面にある門で、屋根は銅瓦本葺黒漆塗の四方唐破風造の門です。羽目板に唐獅子牡丹、黒松に鳥の透彫があります。
唐門
唐門前の階段は登れないので、右に折れて本殿を目指します。
そこには神庫(しんこ:重文)があります。奈良の正倉院と同じ校倉造りの建物で、博物館ができるまでは神社に伝わる宝物類が納められていました。
神庫
更に登ると日枝神社(重文)があります。御祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)です。 創建当時は本地堂(ほんじどう)として薬師如来像(東照大権現の本地仏)が安置されていましたが、明治時代の神仏分離の際に仏像を移し、楼門内東側に鎮座していた山王社の御神体を納めて社名を日枝神社と改め現在にいたります。
日枝神社
いよいよご社殿が見えてきました。
ご社殿(国宝)は、御祭神徳川家康公をおまつりする本殿と参拝をするための拝殿を石の間で連結した権現造と呼ばれる様式で、全国に数多く創建された東照宮の原型となりました。 元和3年(1617)建立。江戸幕府大工棟梁中井大和守正清の代表的な遺構のひとつであるとともに、江戸時代を通じて権現造社殿が全国的に普及する契機となった最古の東照宮建築です。
拝殿
本殿(右側)
見事な装飾
本殿(左側)
玉垣(重文)
本殿左側に廟門(重文)があり、この先に徳川家康廟所があります。
廟門
廟門から神廟までの間にある廟所参道も重文です。左右には家康公に仕えた武将たちが奉納した石灯籠が据えられており、厳かな雰囲気が漂っています。
廟所参道
廟所参道
そして神廟(重文)です。神廟は本殿の後方にある廟門より約40段の石段を登った所にあります。 ここは御祭神徳川家康公の御遺骸を埋葬し奉った所で以前は御宝塔と称えていました。 元和2年(1616)の創建当初は木造桧皮葺の造りでありましたが、寛永17年(1640)に3代将軍徳川家光公により現在の石造宝塔に造替されました。宝塔の高さは、5.5メートル、外廻り約8メートル、前面に唐戸があります。軒の四隅に唐銅の風鐸が掛かっています。
なお神廟は家康公の御遺命により西向きに建てられています。西の方には、公の御両親が子授け祈願の参籠をされたという言い伝えを持つ鳳来寺があり、さらにその西に岡崎の松平家の菩提寺大樹寺、家康公誕生の地である岡崎城があります。そしてその延長線は京の都へと続いています。
神廟
神廟の裏側
参拝を終えて戻ってくると、楼門にこんなものが。。。
次回は一之鳥居から歩いて参拝します!
今回は静岡1泊2日の旅で宿泊は浜名湖でした。
1日目、ホテルへ行く前にインスタ映えで有名なぬくもりの森を訪れました。まるでムーミン谷(古いか。。。)の様な雰囲気で、かわいい建物があちらこちらに建っています。
ぬくもりの森
ホテルは「界 遠州」です。ちょっと貼り込みましたが、最高のサービスでリラックスできました。
ホテル内であったお茶の講習会
(もちろん無料)
翌日、日本平へ向かう前にヤマハ本社のショールームへ。そこにさすがな横断歩道が!
ヤマハ本社の横断歩道
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