2026年5月12日 信州地方のお城と神社を巡る一人旅の二日目三社目です。
上社本宮から車で約10分で到着しました。
前宮は、諏訪大社の中で「豊かなご神水を湛え諏訪信仰発祥の地」とされています。
鳥居
神原は、県道から入って一段と高くなった処の広場一帯を言い、上社にとっては最も由緒の深い場所です。社伝によれば、諏訪大神が初めて御出現になられたのがこの地だと伝えられています。この神原一帯は上社の祭祀の中心地であり、御祭神の後裔で諏訪大神の神格を持った生き神、大祝(おおほうり・最高統轄者)の居館である神殿と、それに付属する数多くの重要な建物が軒を連ねていましたが、室町時代の中葉に大祝が居館を他に移したので、多くの神殿は消滅し、現在祭儀だけが残っています。
神原
内御玉殿は、諏訪明神の祖霊がやどるといわれる御神宝が安置されていた御殿である。
「諏訪明神に神体なく大祝をもって神体となす」といわれたように、諸神事にあたってこの内御玉殿の扉をひらかせ、弥栄の鈴をもち、眞澄の鏡をかけ、馬具をたづさえて現れる大祝は、まさに神格をそなえた現身の諏訪明神そのものであったそうです。
現在の社殿は昭和7年改築されたものですが、以前の社殿は天正十三年に造営された上社関係では最古の建造物であったそうです。
内御玉殿
十間廊は、鳥居の左側の大きな建物で、間口三間、奥行が十間あるところから名称がついていますが、昔は神原廊とも言い、神社でも最大の神事である三月酉の日の神事御頭祭(大立増神事、酉の祭り)がここで行われました。当日は大祝以下の全神職が総出で奉仕し、鹿の頭七十五頭をはじめ、鳥獣魚類等独特のお供え物をし、大祝のお使い(神使)神霊を奉じて、信濃国中に出発する為の大祭でした。この時の七十五頭の鹿頭の中に毎年必ず耳の裂けたものがあり高野の耳裂鹿と言い諏訪七不思議の一つに挙げられています。
この御頭祭、明治以降は四月十五日に行われ、本宮で例大祭を済ませてから行列を整えてお神輿を渡御し、十間廊上段の間に安置して神事をおこなっております。
昭和33年に不慮の災火にあい、ただちに再建に入り、34年4月に竣工しました。
十間廊
予想外に山を登っていく感じです。
本殿前が混雑していたので、まず周囲を回ってみることにしました。
前宮本殿は、内御玉殿から約二百メートル登った所にあり、諏訪大神が最初に居を構えた地と言われ、高台で、豊富な水と日照が得られる良き地あり諏訪信仰発祥の地であります。現在の御殿は昭和7年に伊勢の神宮の古材を以って建てられたものです。
前宮本殿
御祭神
八坂刀売神(やさかとめのかみ)
自然の中にあるお社で、とても清々しい気持ちなりました。
お参りさせていただいて、山を下りていきます。
十間廊
次は下社 秋宮へ向かいます。
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