2016/08/28

大樹寺 <重要文化財>

2016年8月27日 伊賀八幡宮に続いて参拝しました。

今回は三河の徳川ゆかりの社寺とお城を巡ります。行程は、
  1日目 津島神社⇒西尾城⇒岡崎城⇒六所神社
  2日目 伊賀八幡宮⇒大樹寺⇒滝山寺・滝山東照宮⇒清州城
です。

伊賀八幡宮から車で10分ほどで到着しました。ここも無料駐車場があります。

大樹寺は浄土宗の寺院で、山号は成道山。正式には成道山松安院大樹寺(じょうどうさん しょうあんいん だいじゅじ)と称します。
徳川氏(松平氏)の菩提寺であり、歴代当主の墓や歴代将軍(大樹公)の位牌が安置されています。

まず山門です。寛永18年(1641)三代将軍徳川家光公建立したものです。楼上に後奈良天皇の勅額「大樹寺」(重要文化財)がかかげられています。また釈迦三尊16羅漢を安置しています。。

山門


境内からは先に総門が見え、その総門を通して一直線上に岡崎城を望む事が出来ます。

境内から

大樹寺から岡崎城への眺望が妨げられないよう、直線上にマンション等の高層建築物を建てることはできないそうです。これは徳川家光の命令だそうです。

総門は小学校の校門になっている

境内

本堂

大樹寺に安置されている江戸幕府歴代将軍の位牌は、それぞれ将軍の臨終時の身長と同じという説があります。なお15代将軍慶喜の位牌は大樹寺に置かれていません。これは将軍職を引いた後も存命であったことと、臨終に際し自らを赦免し爵位まで与えた明治天皇に対する恩義から神式で葬られることを遺言したためです。
 1.家康159.0cm
 2.秀忠160.0cm
 3.家光157.0cm
 4.家綱158.0cm
 5.綱吉124.0cm
 6.家宣156.0cm ※増上寺の遺骨改葬時調査による推定身長は160cm前後
 7.家継135.0cm ※満6歳薨去
 8.吉宗155.5cm ※身長は六尺(約180cm)あったとも伝えられる。
 9.家重151.4cm ※増上寺の遺骨改葬時調査による推定身長は156cm前後
10.家治153.5cm
11.家斉156.6cm
12.家慶153.5cm ※増上寺の遺骨改葬時調査による推定身長は154cm前後
13.家定149.9cm
14.家茂151.6cm ※増上寺の遺骨改葬時調査による推定身長は157cm前後

多宝塔(重文)は天文4年(1535)松平清康公の建立になるもので、初層平面は方形、二層平面は円形となる室町末期の様式を示しています。

多宝塔

寺内の墓地には松平八代の墓所があります。

一番左が家康の墓

この墓所には有名な話があります。
永禄3年(1560年)桶狭間の戦いで総大将義元を失った今川軍は潰走、拠点の大高城で織田方の水野信元の使者からの義元討死の報を聞いた松平元康(徳川家康)は、追手を逃れて手勢18名とともに当寺に逃げ込んだ。しかしついに寺を囲んだ追撃の前に絶望した元康は、先祖の松平八代墓前で自害して果てる決意を固め、第13代住職登誉天室に告げた。しかし登誉は問答の末「厭離穢土 欣求浄土」の教えを説いて諭した。元康は奮起し、教えを書した旗を立て、およそ500人の寺僧とともに奮戦し郎党を退散させた。以来、家康はこの言葉を馬印として掲げるようになる。こうして元康は、今川軍の元での城代山田景隆が打ち捨てて空城となった古巣の岡崎城にたどりついたという。






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